たとえば、行間ひとつ、開けたみたいに話してみればいいんだろうか、
うすぼんやりと漂う思考は夜の闇に溶けて消えた。


夏が終わったなんて話していたのはいつだったか。ついこの間のことのように思えるのに、身体に吹き付ける風は冷たくて、まるで秋を飛び越えてしまったかのように。

道には俺たち以外誰もいない、通りに響くのは俺の声と小さな相槌。それはいつものこと。


「ねえ、」

「何だ」

「来週の修学旅行楽しみっスね」


旅行のしおりを取り出して眺めていると、歩きながら読むな、と呆れ声。

部屋割も旅行の班もクラスを超えて決めて良かったから、キセキの皆でグループを組んだ。最初に言い出したのは俺だけれど。

差し出したグループ表に、紫原っちはやる気なさそうになんでもいいよー、と返事をして、黒子っちが青峰っちの名前と二人分書いて。緑間っちは一瞬眉をしかめたけれど、そのまま何も言わなかった。

最後に部室に来た赤司っちが用紙を見て、それは何だ、と問い掛けて。赤司っちの名前はもう書いたっスから!ほら一番上に!そう言いながら見せると、六人か、と眉ひとつ動かさずに呟いて。そのまま部活の準備に取り掛かった。こうしてあっさりと終わったのはなんだか意外だった、嫌がるメンバーがいなかったことも。皆、学校行事を楽しむようなタイプには見えなかったから。


「だって京都と奈良っスよ?お寺に鹿っスよ?」

「そうだな」

身体の割に歩く速度は速い。話題を間髪入れずに挙げれば少しだけ遅まる歩み、彼の癖。それを知っているからこの話題を出したなんて、知らなくていい。


「鹿に餌やりたいっス」

「お前は鹿に攻撃されそうだな」

「いやいや……いや、でもそうなったら…」


鹿に追いかけ回されたとしたら、きっと青峰っちは指を指しながら爆笑して、緑間っちは溜息をついて。紫原っちは黙って眺めているだけだろう、鹿煎餅を食べてしまいそうで心配だ。

そんなことを想像していると、ふ、と隣で笑う声がして。見るとかすかに上がった口元と細められた目。二人でいるときにしか見れない顔。

そのまま見つめていると、どうした?と尋ねるから、ううん、と答えて濁らせた。きっと口にしたらもうこの顔は見れなくなってしまうだろう。誰にも言えない、誰にも教えない。彼本人にさえ。


「…そうなったら赤司っち助けてくれる?」

「どうだかな」

「ええー…」


笑いながら左手を絡める。握り返してはくれないけれど離そうともしない、だからそのまま。切れかかった街灯がちかちかと光る。

遠くに見える角、あそこが分かれ道だ。あの角でじゃあね、と言って、ああ、と答えて、手を振って。今日の二人は終わる、この表情ももう見れなくなる。俺はずっと見えなくなるまで立っていて、きっと君は振り返らない。

明日の午前7時、もうその瞬間が待ち遠しい。この手を離さずにいたらまた溜息をつくんだろう、きっと。

だからたとえば、行間ひとつ開けたみたいに。
そうすれば、


「ねえ、キスしていい?」


そうすれば、終わりに近付く空気も少しは遅くなる?
歩みはもうこれ以上、決して変わらないけれど。


「…嫌だと言ったら?」

「それでもする」


立ち止まって道を塞いで、
肩に手をかけて口付ける。

唇が離れた瞬間小さく音がして、ゆっくりと瞼が開かれる。街灯の光を受けて、瞬間きらりと瞳が光って、とても綺麗で。


綺麗だと、そう口にしたらどんな反応をするだろうか。一瞬頭をよぎったけれど、あまりいい想定は浮かばなかったから、もう一度首を傾げて口付けた。唇の隙間からもれる息が温かい。

はい、と手を差し出せば、黙って手を乗せてくる。キスした後の彼はいつもより少し素直になる。


「…自由行動、途中二人で抜け出したいんスけど」

「規律を乱すのか?」

「だって、せっかくの旅行だし」


握った手に力が篭る。
六人でいるのも楽しいけれど、二人になりたいのも事実で。

バレない訳はない、そうしたらきっと緑間っちは呆れた顔をするだろう、想像がつく。黒子っちは黄瀬くんらしいです、とか、言ってくれるだろうか。そう考えていると小さく溜息をつく音が聞こえて。顔を上げると口元は、


「…湯豆腐。全部お前持ちで」


薄く微笑む、了承のしるしだ。
りょーかいっス、そう言いながら抱きしめると、旅行中抱き着いたらその時点で中止だ、と腕の中から聞こえてきて。

それは呆れたような声、想像の緑間っちと同じ反応。けれど、実際に耳に入った声はひどく優しいものに聞こえた。いつもより。声色ひとつ、そんな小さなものでさえ違いが分かるくらいに。


「じゃあこれはしてもいいっスか、」


身体を屈めて傾けて。

腕におさめた彼の口から反論は出てこなかった、その瞬間唇は俺が塞いでいたから。

旅行中キスはいいんスね、顔を離してそう言いながら笑いかける。瞬間脇腹に鈍い痛みが走ったけれど突き飛ばそうとはしていない、覗いた顔はまた笑ったように見えたから。自覚のない恋人を全力で抱きしめる、暑苦しい、と不満げな声を、長袖を纏った身体ごと。


いつまでたっても帰れない、呆れたように呟く口をまた塞ぐ。聞き慣れたいつもの声に、言い飽きた返答を心の奥に飲み込んで。離したくないのだと。






















*******
文句を言いながらも受け入れて、呆れながらも好きでいる赤司だといいと思います。黄瀬もそれを分かっているから臆さない。


20120910



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