猫とくまと、まったりお茶を──お引っ越し


お引っ越し


閉店後の店内。
お客は誰もいないので、カウンターに座ってぼんやりしていると、彼が言った。
「今朝、侑の実家に行ったよ。昆布とワカメを届けに」
「ああ……お義母さんのお土産?」
「そうそう」
私達は顔を見合わせて溜息をついた。
よせばいいのに義母が旅先で生の昆布とワカメを大量に買って来た為、配っても配っても余っているのだ。
「いっそのこと此処で販売する?」
「頼むからやめて」
「……まだ余ってるよね?」
「いいよもう。俺がベランダに干すから」
「……そうだね。ついでに美味しい塩も採れるしね」
「確かに」
ワカメに沢山ついている塩はミネラルを含んでいて、とっても美味しそうだ。
おにぎりをつくる時に使おう、と何となく思う。
今日のお茶は京都は宇治の玉露。
目の前には、小さな急須と御猪口のような小さな湯飲み。
旨味が凝縮し、アミノ酸のカタマリのようなエキスを静かに飲み干す。
……淹れるのに失敗して雫になってしまったけど。
玉露は油断しているとお湯を茶葉に吸い取られて水分がなくなってしまう。
茶碗の中身を覗き込んだ、お店のマスターが一言。
「ヘタクソ」
物凄く濃いからいいの、と言い張ったら笑われた。
……全くうるさいったら。
「そうだ、実家で貰って来たんだけど――」
そう言って、彼は一端奥に引っ込み、またお店に戻って来た。
「これ、な〜んだ」
目の前に出されたのは薄汚れた小さなくまのぬいぐるみ。
「――嘘っ」
小さい頃からずっと一緒にいた、くますけ。
「確かアパートにあったと思ったんだけど」
そう。
独り暮らしの時も、くますけは連れて来ていた。
「何で知ってるの?」
くますけはいつもアパートの押し入れにいたのに。
「押し入れ開けたらいたから」
「……何でヒトの家の押し入れなんか開けるのよ」
「開けたかったから」
「あ、そう……」
でも。
くますけは結婚してこの家に入るのを機に、実家に置いて来たのだ。
あんまり綺麗じゃないし。
そんなことを思っていると、彼は柔らかく笑った。
「部屋に置いとけば」
……義母がゴミと間違えないだろうか。
「昨夜母さんが侑のお母さんと喋ってて、ぬいぐるみの話になったらしいんだよ。で、今朝行ったらコイツが玄関にいたから連れて来た」
――玄関?
物置じゃなくて?
母がわざわざ出したんだろうか。
……余計なことを。
私は思わず頭を抱えた。
「くますけ、って言うんだろ」
彼の言葉に頷いた。

いつもいてくれた大事なトモダチ。
ぬいぐるみは幾つも持っていたけれど、この子だけは捨てられなかった。
「捨てられたとばかり思ってたよ」
くますけの大きな目をじっと見つめて呟くと、彼は言った。
「お義母さんも捨てられなかったんだって」
……ふうん。
「思い入れがあるんじゃないの?」
「母が?」
「アナタも」
「……ないとは言わないけど」
言えないけど。
「そいつ、喋りそうな気がするのって、気のせい?」
「喋らないよ」
「そうかなあ。喋りそうに見えるけどなあ」
「まさか」
私は笑った。
……喋って欲しいと思ったことはあるけどね。
そんな言葉を飲み込んで、湯冷ましに入れておいたお湯を急須に注ぐ。
「しょうがないなあ。リンが連れて来ちゃったんだから、今日はくますけと川の字かなあ」
「あ〜、それやめて」
「いいでしょ、川の字! 予行演習に丁度いいよ、この子」
「連れて来るんじゃなかった……」
彼に幾ばくかのダメージを与えられたことに満足して、私は2煎目を茶碗に注いだ。
……いいよね、くますけ。
そんなことを心の中で呟いて。
私は、くますけに笑いかけた。




(終わり)







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