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いつになったら、やむのかな。


てるてる坊主を幾つもつるして。
じっと窓の外を見て。
遠足は中止ね、という母の言葉も頭に入らず、ただ降りしきる雨を眺めていた。
やまないなんて、嘘だ。
きっと晴れる。
晴れるんだから。
信じていれば。
祈っていれば。
きっと、雨はやむから。
リュックにてるてる坊主をつるして、傘をさして学校に行った。
でも、雨は強くなる一方で。
結局、遠足には行けずに、泣きながら家に帰った。
転校してしまう友達と最後に一緒に行ける遠足だったのに。
さよならの後も、悲しくて、寂しくて、泣いた。
膝を抱えて泣いている私に、母は言った。

「いくら願っていても、叶わないこともあるのよ」

どうしても、諦めなければならないこともある。
そんなことを思った、あの日。



「……どうしたの」
カウンターの向こうで、水も滴る誰かさんが仕事する手を止めて言った。
「別に」
私はぼんやりと春摘みダージリンをすすり、言葉を返した。
閉店後の店内、2人きり。
「今日は何となくアンニュイな感じだな」
いつもはうるさいくらい賑やかなのに、と余計なことまで言うから、私は顔をしかめた。
「いいでしょ、たまには静かにしたって」
「悪くはないけど」
そう言って、ふわっと笑って。
カウンターの中から出て来て、すれ違い様に私の頭をぽんぽんと叩いて行く。
……放っておいてくれて、いいのに。
そんなことをされたら、泣きたくなるじゃないの。
ただ、ちょっと子供の頃のことを思い出しただけなのに。
しとしとと降り続ける雨。
このところ、殆ど毎日こんな天気なので、傘は手放せないし、着られる洋服や靴も限られて来る。
私はあまり着るものに頓着しないけれど、それでもやはり、困る。
髪は微妙に膨張するし。
何より、白か灰色の空を見るというだけで、どんよりしてくる。
……青空が恋しい。
そっと溜息をつくと、いつの間にか私の後ろに来ていた人が、言った。
「本当に、借りて来た猫みたいだな」
「そんな日もあります」
そう言い返すと、いきなり肩のマッサージが始まった。
「肩凝り酷いし」
「うるさいな」
肩凝りが頭痛に変わり始めているのは本当だけど。
でも、頭痛はもしかしたら、このところの雨による気圧の変化が原因かも知れない。
「夕飯、何にする?」
「御飯とお味噌汁と漬物」
「あのね……朝飯じゃないから」
「じゃあ、肉じゃが」
「はいはい」
独身時代は相手に任せていた料理も、今は一緒に台所に並んで作る。
やらなくていい、とは言われたけれど、何となく一緒にいたくて、結局手伝うことになってしまった。
これでまた同居の義母に新婚だの何だのとからかわれる訳だけど。
「侑」
肩を揉んでくれていた手が前に回り、ぎゅっと抱きしめられる。
「我慢するな」
「してないよ」
「泣きそうな顔してるし」
「峠は越えた」
「それは残念」
「人の弱味につけこまないで下さい」
そう言って。
私は彼の腕に自分の手を重ねて、そっと目を閉じた。
有難う、と小さく呟いたら、どういたしまして、という言葉が降って来た。



翌朝。
義母と並んで台所でガタガタやっていると、彼が言った。
「侑(ゆう)、ウォーキング付き合って」
「独りで行って来て下さい」
間髪を容れずに私が言うと、義母が笑った。
「侑ちゃん、たまにはあの馬鹿に付き合ってあげたら」
「そうは言っても……」
朝の支度が、と言うと、義母は言った。
「あらかた済んでるし、今日は侑ちゃん出勤遅くていいんでしょ。行ってらっしゃいよ」
夫婦水入らずで!と大袈裟に言われて、私は慌てて台所から逃げ出した。



今朝は霧雨。
傘をさして、並んで歩く。
暫く行くと、川に出た。
朝早いのに、川沿いの遊歩道には、ウォーキングや犬の散歩の人がちらほらいる。
……雨降ってるのにウォーキングはないよなあ。
自分のことは棚に上げてそんなことを思う。
私の場合、ウォーキングと言うよりも、散歩って感じだけど。
音がない雨。
傘がいらないようで、でもささないと鬱陶しい。
隣にこの人がいるだけで、幸せ――の筈なのに。
其処に雨が続くという要素が加わると、気分は沈む。
疲れているのだろうか。
仕事は何の変化もないし、やはり嫁に来た諸々のことがストレスになっているのだろうか。
義父も義母も実家の親に比べたら随分優しいし、大事にしてくれるし。
この人も有り余る程の愛情を注いでくれているのが分かる。
それなのに。
どうして私はこんなに憂鬱なのだろう。
たかが雨なのに。
どうしてこんなに甘えモードなんだろう。
幼児に退行しているのだろうか。



「侑、紫陽花が咲いてるよ」
その言葉にふと顔を上げた。
誰が植えたのか、川の遊歩道の一角に、紫陽花の植え込みが続いている。




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