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各駅停車しか停まらない駅から歩いて五分、住宅地と商業地の境目に、紅茶専門店《猫の杜(ねこのもり)》はある。
今日も私は仕事帰りにこの店に来ている。
同級生で美形のマスター目当てに。
私、国枝侑(くにえだ・ゆう)は学生時代からこの店のマスターである杜麟太郎(もり・りんたろう)一筋。
……相手にされてない気がするけど。
「夏摘み、入った?」
「まだだ」
「じゃあ、春――」
「烏龍茶でいいのが入った」
私はこめかみを押さえつつ、言った。
「私がダージリンとアッサムとニルギリしか飲まないの知ってるでしょ」
「烏龍茶の方がいい」
「……」
最近、注文の度にこんなやりとりばかり。
私はインドの紅茶が、特にダージリンが好きなのだ。
ダージリンの摘み取り時季は三回。
春と夏と秋。
夏が一番香りも味も強い。
それで夏摘みがいつ入って来るかと心待ちにしているのだが。
最近の麟太郎は私の注文を受け付けてくれない。
先日、私が寝込んだ時に看病に来てくれたのはびっくりしたし嬉しかったし情けなかったし有難くて後ろ姿を拝みそうになったけど。
ところが。
風邪も治って、私が再びこの店に顔を出すようになってから、何故か、こうなのである。
昨日はアッサムでいれたチャイが飲みたいなあ、と思ったのに、出て来たのはハイビスカスティー。
ハイビスカスを乾燥させたハーブティーだ。
赤くて、甘酸っぱい味のするお茶。
……他のお客にこんなことしたら確実にクレームだと思うんだけど。
私ならそんなことは言わないだろうとたかをくくっているのだろう。
これも惚れた弱味か。
しかもどれも美味しいし。
「じゃあ、烏龍茶だな」
ちょっと待てっ!
私はまだ何も言ってないっ!
……止める間もなくいれる準備してるし。
今日も私の注文はなかったことにされてしまった。
此処は確か紅茶専門店だった気がするんだけど。
最近は烏龍茶も出しているのか。
あまりメニューを見ないから知らなかったけど。
「烏龍茶って中国?」
「台湾」
「トウチョウウーロンとかいう奴?」
「凍頂烏龍じゃないけど、似たようなお茶」
「ふうん」
烏龍茶かあ。
最近、ペットボトルも緑茶ばかり買ってたから、随分ご無沙汰だ。
「だいぶ声も元に戻って来たな」
風邪のせいで、暫くガラガラ声とか鼻声だったのだ。
「たまには違う声も面白いでしょ」
「顔に合わない」
……ああそうですか。
じゃあ何だったらいいんですか。
思わずそっぽを向いてしまう。
間もなく提供されたのは、中が見える硝子製のポットと白い陶器の取っ手のない小さめのコップ。
お茶の色は透き通っている。黄緑色とも黄色ともつかないような色。
何とも爽やかな香りが立ち込め、それだけでも癒される。
私が知ってる烏龍茶とはだいぶ違う。
茶色くないし、こんな香りはかいだことがない。
頂いてみたら、味もこれまた爽やか。
「……これ、何て言うの?」
思わず目の前の人間に尋ねてしまった。
「シキシュン」
「へ?」
「季節の四季に春と書いて、四季春」
麟太郎は茶葉を小皿に少しあけて、見せてくれた。
小さくて、コロコロと丸い。
「台湾の烏龍茶はこういう形状が多い」
「真ん丸だね」
「開くとそうなる」
指さされたポットを見ると、まるでワカメのようだった。
「凍頂烏龍や四季春みたいに発酵度数が少ない烏龍茶は、そのワカメのようになるのと、この香りと味に違和感感じる人も多いから、好き嫌いがはっきり分かれる」
ふむふむ。
「俺の周りは嫌いな奴が多い」
だったら出すなっ!
「私が飲めない可能性は考えなかったの?」
「国枝は好きだと思った」
そりゃあまあ、当たりましたけども。
私はこのお茶好きですが。
「……リン」
「何」
「常連さんの誰かに言われたの? こういうお茶も置け、とか」
「いや。俺が出したくて出した」
そうか。
じゃあ麟太郎はこういうお茶も好きなんだ。
2杯目をコップに注ぎながら、ぼんやりとそんなことを思う。
「それ、もう1煎は確実に出るから」
後でお湯入れる、と言って、麟太郎はテーブル席へと行ってしまった。
……何て経済的なお茶。
3杯も飲めるのか。
私の顔は自然と緩んだ。



翌日。
仕事が休みなのをいいことに、出かけることにした。
昨日《猫の杜》で頂いた烏龍茶が気に入ったので、お茶の専門店に買いに行くことにしたのだ。
さて出かけよう、とバッグを掴むと、携帯が鳴った。
メールだった。
思わず開けてみると、何と麟太郎からではないか!
……珍しい。
文面は恐ろしく簡潔。
『お茶を見に行く。行きたいならすぐ来い』
……私のことを何だと思ってるんだっ!
都合のいいパシリか荷物持ちか家来かっ!
でも。
すぐに、行くという返事を出して、アパートを飛び出す私もかなりおかしい。



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