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もしかして、物凄く馬鹿?
ああでも高校時代からずっと……ってそれだけでも馬鹿かも知れない。
「明日、仕事休め」
簡単に言うな。
「そうも言ってられないよ……」
「1日くらい有給使え」
「使いたいのは山々だけど……」
「無理したら肺炎になるぞ」
それは嫌だ。
「そんな簡単に肺炎になんかならないよ」
「扁桃腺取ったんだろ」
「何で知ってんの」
「お前が言ったんだ」
そうだっけ。
覚えてないや。
この人記憶力いいなあ。
「明日も何もしないで寝てろ。飯は届ける」
「だって明日はお店……」
「適当に抜けて来る」
「店番は」
「母親に頼む」
そう言えば、時々お母さんが手伝ってるのは見るけど。
いいのかなあ。
まずいんじゃないだろうか。
「私、店を出入り禁止になりたくないよ」
「それはない」
だから何でそう言い切れる。
「母親は俺が此処にいるの知ってる」
「嘘っ」
「様子見てくるって言ったら行って来いって言われた」
……剛気なお母さんだ。
しょうがない。
それじゃあ明日は休むしかないか。
私は喉の奥でかすかに笑った。



2日後。
仕事に復帰したその日の夜。
いつものように私は《猫の杜》のカウンターに座っていた。
「ダージリン」
「やめとけ」
何で客のオーダー却下しますか。
「病み上がりだ。これで我慢しろ」
そう言って目の前に出したのは。
「……麦茶?」
細長いグラスに入った茶色いお茶。
「……今日は金払わなくていい」
ぼそっと言って、他の客のところに行ってしまう。
香ばしくて仄かに甘いお茶。
「……美味しい」
悔しいけど、美味しい麦茶。
お金、本当に払わなくていいのかなあ。
そんなことを思っていると、奥から麟太郎のお母さんが出て来た。
私の姿を認めるなり、にこにこと歩み寄って来る。
「体は大丈夫?」
「あ、はい、お陰様で」
まだ声がおかしいわね、と言って、お母さんは言葉を続けた。
「麟太郎がこのお店を始めるきっかけを作ったのはあなたなのよ」
初耳だ。
キョトンとしていると、お母さんはまた笑った。
「夏の屋外清掃の時に、委員長さんが作って来てくれた麦茶がとっても美味しかったんですって」
そんなこと、あったっけ……?
「それ以来、あの子はお茶に凝り出したのよ」
……ああ、そうだ。
初めて麟太郎に会った時。
皆、暑い中の作業でヘトヘトになると思ったから、大量に麦茶を作ったんだ。
で、皆に無理矢理飲ませたんだ。
麟太郎は涼やかな顔をしていたけど、暑くない訳はないと思って、彼にも押しつけたんだ。
「あの子は今でもカフェインのない茶色のお茶が一番好きなのよ」
そうなんだ。
紅茶専門店のマスターなのに、一番は紅茶じゃないんだ。
でも。
あの時の麦茶なんかよりこっちの方がよっぽど美味しい。
……ずるいなあ。
何故かそう思った。
「……二人で何ぼそぼそ言ってんの」
麟太郎がカウンターに戻って来て、嫌そうな顔をする。
「大したこと言ってないよ」
私は笑って返した。
「母さんのヒソヒソ話にはロクなことない」
別に何も言ってないわよね〜、と女2人は顔を見合わせて笑った。
お母さんはまた奥に引っ込み、麟太郎はカウンターの中で動き回る。
私は目の前の麦茶に目を落とした。
あの日から片方はお茶好きからお店を開くまでに至り。
もう片方は他の男が目に入らなくなった。
……変なの。
私はくすくす笑った。
「何笑ってんの」
「……別に」
もったいないな、この麦茶。
冷凍保存しようかな。
私は暫く麦茶をじっと眺めていた。
……リン、有難う。
心の中で、そう呟く。
顔を上げると。
何故か麟太郎と目が合った。
……笑ってる。
熱、ぶり返すかも。
倒れそうになるのを何とか腕で体を支えて、思った。
コイツの笑顔は殺人的だ、と。




(終わり)







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