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光はいつでも遮られ。
望みはいつでも打ち砕かれる。
悲しいのも辛いのも嫌だ。
だから、諦めることにした。
仕方ない。
こうして生きていくしかない。
独りで生きて、朽ち果ててゆく。
だから、もういい。
このままで。
『はい、麦茶』
無理矢理渡されたコップ。
どうして受け取ったのかは自分でも分からなかった。



夏の暑い陽射しで皆ヘトヘトになっている中で、その人だけは汗ひとつかかずに涼しげだった。
漆黒の髪が風に揺れ。
肌はいつでも白いまま。
「焼けない体質だから」
彼はぽつりとそう言った。
彼は、怒ったり泣いたり叫んだり笑ったりといった人間臭い生き生きとした表情が皆無だった。
綺麗な人形。
誰とつるむ訳でもなく、それでいて疎外されている訳でもなく、何だか不思議な人。
それが、杜麟太郎(もり・りんたろう)を見た最初の印象だった。



「……国枝(くにえだ)、起きろ」
はっと顔を上げると、この店のマスターの顔があった。
あれから歳を重ねても、涼やかで表情が少ないのは変わらない。
「うちはお前の仮眠室じゃない」
「此処はよく眠れるんだもん。それに、ちゃんと飲んだり食べたりしてるでしょ」
私はこの紅茶専門店《猫の杜(ねこのもり)》の開店当時からの常連だ。
仕事を休むことはあっても、店に行かない日はないくらいに通いつめている。
麟太郎目当てで。
学生時代から張りついているのだが、未だに相手にされてない。
「たまには化粧くらいすればどうだ」
麟太郎は起きぬけの私の前に水を置いた。
「化粧すればお前だって多少は見られる顔になる」
「面倒くさい。大体顔に絵の具塗りたくってどうするの。それだったら整形して骨格ごと変えてしまった方がいい」
麟太郎は溜息をついて、他のお客の注文を取りに行った。
……アンタが綺麗過ぎるからいけないんだよ。
私は、お腹の中でそう呟く。
あの顔を見てしまうと、美しくなる為の努力は全て放棄したくなる。
しかも、私の場合。
他の男が目に入らなくなるというオマケまでついてしまった。
お陰で、学生時代、他の男に告白されても断り続け、周りが結婚しただの子供が生まれただの言い始めたこの歳になっても未だに独り。
やっぱり、見込みはないのかなあ。
麟太郎も相変わらず独りだが、此処まで浮いた話がないと、ゲイではないかと疑いたくなる。
怖いから聞いてないけど。
「……忙しいのか」
彼はカウンターに戻って来るなり、そう尋ねた。
「いつものことだよ。大丈夫」
私は笑った。
「明日も早いんだろ」
「それもいつものことだって」
ちょっと色々重なっていて疲れてるのは確かだけど。
目の前のこの人に悟られたくはなかった。
「……ならいいけど」
麟太郎はカウンターの中で仕事をしながら言った。
「委員長は無理をするから」
「無理なんかしてないよ」
「どうだか」
僅かに笑う。
頼むからそんな表情しないで下さい。
アナタがたまに笑うの見ると、私は倒れそうになるから。
「……気のせい、気のせい」
こう言うのがやっとだ。
こっちの惚れた弱味につけこんで、わざとやってるんじゃなかろうな。
――ところが。



翌日。
私はまんまと発熱していた。
いいこと、侑(ゆう)、アンタのこの症状は知恵熱よ、だからオロナミンC飲んで仕事してれば治るわよっ、と自分に言い聞かせて出勤した。
職場でもしっかりオロナミンCを飲んで、いつも通りに仕事をしたが。
だんだん寒気がしてきて、震えが止まらなくなってしまった。
明日は休みだ。
懸命に自分に言い聞かせ、きっちり仕事して帰宅の途についた。
《猫の杜》の前を通りかかった。
だが、寄れるような状態ではなく。
その先のコンビニでポカリとヨーグルトを買い込んで、アパートに戻った。
部屋にあった風邪薬をポカリで流し込み、おでこに冷えピタを貼って、その日は横になった。
翌日も熱は下がらなかった。
食欲もなく、薬を飲む為だけにヨーグルトを無理矢理食べた。
……このまま死ぬかなあ、私。
病院に行ける体力もなく、1日寝ているのに治る気配もなく。
すっかり気弱になったその日の夜。
薬を飲んで冷えピタを替えていると、玄関のベルが鳴った。
……いいや。灯りつけてないし、こんな時間に来る奴にロクなのはいない。
居留守つかおう。
無視して横になったのだが。
ピンポーン。
ピンポーン。
……うるさいな。何でこんなにしつこいんだ。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
「ああもうっ」
ドアの覗き穴を覗くと、其処には。
……麟太郎?!
慌ててドアを開けると、彼は言った。
「――遅い」



「熱があるのか」
麟太郎はずかずかと部屋に上がり込み、灯りをつけた。
「……少し」
「――少しじゃないだろう、これは」
おでこに手を当てて言う。
おかしいな。冷えピタ貼ったばかりなのに。



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