3


3分くらい、と麟太郎は言っていた。
砂時計は5分計。
適当なところで切り上げなければならない。
……バレンタイン、どうしよう。
はあっと溜息をつく。
バレンタインとか、誕生日とか、とにかく記念日に何か特別なことをするとか、何かをあげるというのは苦手だ。
子供の頃から。
友人宅のクリスマス会とか誕生日会はなるべく避けて今まで来てしまったお陰で、どうしていいのか分からないのだ。
去年のクリスマスは常連さん達のリクエストで《猫の杜》は休みの日なのに営業、次の日は平日だったから特に何もなかったし。
お正月は、初詣に行ったくらいで。
……ああもうっ!
らしくない。
何かしようと思うなんて。
こんなことをうじうじと考えていると知ったら、麟太郎は笑うんじゃないだろうか。
……あ。砂時計。
いつの間にか、砂は全て下に落ちていた。



幸いなことに、お茶は渋くなってはいなかった。
炬燵に入って、目の前にポットを置いて、のんびりお茶をすすった。
テレビはつけたが、ろくに目に入らない。
……何でまだ来ないのよ。
当たり前だ。
まだ《猫の杜》の営業時間内なのだから。
お店に行って来ようかとも思うけれど、そうすると、部屋がまた寒くなってしまう。
……下手な考え、休むに似たり。
とにかく、お茶は美味しいので2煎目をいれることにした。
やかんのお湯を移した大きな魔法瓶からティーポットにお湯を入れる。
また帽子を被せて、抽出されるのを待つ。
……本当に、らしくない。
いい歳をして、たかがお菓子メーカーの策略ごときでウジウジと悩んで。
馬鹿としか言い様がない。
「もう、ヤだ」
ポットの横。
炬燵の上で頭を打った。
……撃沈。



結局。
週末も週明けも麟太郎には何も言えず。
ひたすらデパートをウロウロするだけで、何も買えず。
バレンタイン当日になってしまった。
今年も私は、会社のマメな同僚達から手作りやら市販やら色々取り混ぜてチョコレートを貰い。
地元の駅に降り立った。
思わず溜息。
……いつも行くのに今日行かなかったら突っ込まれるし、かと言って何も準備してないし、行きたくないけど行かないと言われるし、行きたくない。
私の思考経路は、はっきり言って、おかしい。
足取りは重い。
アパートに帰るには《猫の杜》の前を通らねばならない。
いっそ仮病をつかうか。
……そんなのすぐにバレて問い詰められるに決まってる。
此処はいつものようにお店に寄って、今日がバレンタインだということを知らなかったことにするしかない。
……いや待てよ。
この包みは、どうする?
あ、そうか。
今日会社に行って初めて知ったから、麟太郎に買うのを忘れたということにしよう。
《猫の杜》の前。
私は深呼吸をして、ゆっくりとドアを開けた。



「いらっしゃいませ」
いつもの涼しげな顔が迎えてくれる。
お店にはいつものように常連さんが思い思いにお茶の時間を楽しんでいる。
指定席と化したカウンターの端の席に座る。
「ダージリンの秋摘み下さい」
開口一番、先制攻撃。
マスターは、にっこり笑って引き下がる。
……ダージリンが出て来る訳は、ない。
今日も国産紅茶だろう。
きっと、そうだ。
カウンターの内側、作業中の麟太郎の様子を伺うと、やはり手に取ったのはダージリンではない気がした。
思わず溜息をつく。
何となく鞄から本を取り出して、頁をめくってみた。
何となく読んでいると、麟太郎がカップになみなみと注いだ紅茶を持って来た。
最近よく聞く香り。
今日も国産だ。
間違いない。
麟太郎は涼やかな笑みを浮かべて他の席を片付けに行った。
溜息をついて、私はカップを手にとり、そっと一口飲んでみる。
……やっぱり国産。
昨日より少し繊細な感じはするけれど。
最近、自分が注文したものと違うものが出て来ても、何とも思わなくなった。
以前は飲まず嫌いが多かったけれど、それもかなり改善された気がする。
麟太郎のお陰で。
……商売としてはどうかと思うけど。
そのマスターは、カウンターに戻って来て、あれこれ仕事に精を出している。
傍らには、お客から貰ったと思われるチョコレートの包みが幾つか。
「……あれ? 今年少なくない?」
思わず口にすると、奥にある、という答えが返って来た。
……そうでしょうとも。
リン目当ての女性客がこういう日に渡さない筈はない。
「今年も貰ったの?」
逆に聞かれたので、頷いた。
「有難いことにね」
用意がないことを突っ込まれたくはない。
流すに限る。
「モテるからね、委員長は」
「アナタ程じゃないけどね」
「俺は同性からは貰ったことないです」
「バレンタインには、でしょ。ホワイトデーにはあるんでしょ」
「ありません。両日共に貰ってた委員長とは違います」




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