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「リン、たまには俺にも委員長と同じやつ飲ませてくんない?」
「永野の好みと合わないよ」
「……お前どんだけ独占欲強いんだよ」
溜息をつく永野君の前には、ニルギリが湯気を立てている。
……いいなあ、ニルギリ。
このところ、インドの紅茶は飲んでない。
アパートの部屋にあるのは、日本茶と台湾烏龍茶と珈琲。
しかも。
どれも麟太郎が買ったものばかりだ。
私が買い置きする余地などない。
……麟太郎セレクト、美味しいけどさ。
私が陰でこっそり溜息をついているのを、知っていてわざとやってるからタチが悪い。
「リン、チャイ頂戴」
「駄目」
「何でっ!」
「侑はこれがいい」
「その根拠は何なのよ!」
「俺がそう思うから」
私は苦虫を10匹くらい噛み潰したような顔になり。
永野君はゲラゲラと笑った。



翌日。
久し振りに1人で出かけた。
有休消化の為にとった休みは平日で、当然、《猫の杜》は営業日。
最近、休みと言えば間違いなく麟太郎がいたし、外出は近所のスーパーとかに限られていたので、何と言うか……不思議な感じ。
電車に乗って、近くの街へ出てみる。
平日の昼間ということもあって、それほど人は多くない。
洋服を買い足すべく、あちこちのお店を覗く。
セールの表示をめがけて、品定め。
よく吟味して、2、3購入し、ちょっと座ろうと思いカフェに入った。
職場で休み時間にたまに利用するカフェと同じチェーン店。
「エスプレッソを1ショット加えて下さい」
空いているのをいいことに、2人掛けのソファの席に陣取り、向かいに荷物を置いて、カフェラテを前に、携帯を開いてみれば。
――受信メール1件。
開けてみると。
……件名「買っといて」?
麟太郎からのメールなのは間違いない。
……夕飯の食材、買って来いってか?
そう思いながら中を読んでみると。
――白菜買っといて。
何のヒネリもない。
とにかく、今日の我が家の夕飯に白菜が出て来ることは分かったが。
何となく、鍋物な気がした。
支度が楽だからだ。
……作るのは私じゃないけれど。
週末ごとに行われる食材チェックのお陰で、麟太郎はうちの台所の状況をかなり正確に把握している。
平日に私が消費するのは米と味噌と野菜、あとは出汁に使う乾物や漬物と納豆くらいのもので、肉と魚には殆ど手をつけない。
動物性蛋白質は、週末に麟太郎が作ってくれるもので摂ることになる。
とにかく、返信。
――了解しました。
メールを送って、今度こそカフェラテに手を伸ばす。
……バレンタイン、か。
先程通りがかったチョコレート売場の繁盛振りを思い出す。
高級な、グラム売りのものから、昔懐かし数十円のハートチョコまで、てんこ盛り。
やっぱり、一応あげるべきなんだろうか。
……自分の為にしか買いたくないけど。
毎年職場では、マメな同僚達が男性陣に配りまくっている。
だが、私は入社当時から、それをしなかったので、今年も全く期待されてはいない。
それどころか毎年逆に貰っている。
貰ったチョコレートは大体《猫の杜》に持ち込んで、マスターや常連さん達と仲良く食べていたのだが。
でも。
今年は去年とは違う訳だし。
そういえば、麟太郎からはあれやこれや貰ってるけれど、私は殆どプレゼントしていない。
何かあげなきゃまずいんじゃないだろうか。
だからと言って。
麟太郎は特別チョコレートが好きな訳ではないし。
お茶は私なんかよりよく知ってるし色々持ってるし。
お酒は仕事柄飲めないし。
洋服は自分で買いたいって言ってたし。
本や音楽の好みはかなり偏りがあって、難しいし。
外食の際に奢ろうとすると嫌がるし。
「……あちっ」
油断していたら、しっかり舌を火傷した。



家に帰るなり灯りをつけ、戸締まりをして、暖房を入れ、炬燵のスイッチを入れ、買って来たものを片付けてから、やかんを火にかけた。
ティーポットとマグカップと砂時計をコンロの近くに用意して。
昨日、帰りに麟太郎から貰った試飲用の小さな紅茶の袋の封を開けた。
……また、国産か。
匂いで分かる。
濃厚な、甘い香り。
ダージリンも甘いが、国産とはかなり違う。
何と言うか……ダージリンの方が少し繊細に思える。
やかんが沸々言う前に、お湯を少し入れてポットとカップを温めた。
硝子のポットはカップ2杯分。
1人で飲むには丁度いいのだが、麟太郎と飲むには小さいと最近思うようになった。
麟太郎もそう思うのか、うちで紅茶をいれる時には、私が実家から持って来た大きめの珈琲用のサーバーを使っている。
煮立つ直前にお湯を捨てて、茶葉を入れ、十分に煮立ったお湯を注ぐ。
其処へ、近くに放置してあるポンポン付きのニット帽を被せる。
うまいことティーコジー代わりになって、ポットを冷めないように守ってくれる。
砂時計をひっくり返して、砂が落ちるのをじっと眺めた。




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