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閉店1時間前。
紅茶専門店《猫の杜(ねこのもり)》は閑古鳥が啼いていた。
お客は私1人だけ。
それをいいことに、この店のマスターは閉店の準備を始めている。
私と同い年の目元涼やか美青年。
高校時代の同級生。
仕事柄、料理が上手くて。
勿論、お茶をいれるのも上手くて。
現在、一応彼氏。
名前は杜麟太郎(もり・りんたろう)という。
「……商売、あがったりだね」
私がそう言うと、麟太郎はあれこれ片付けながら言った。
「侑(ゆう)が来るまではいつもより混んでた」
確かに今日は来たのが遅かったけどさ。
「だって、夜の常連さん達は?」
「生田さんは帰省中。風祭さんは子供がインフルエンザ。安田さんはノロウィルス」
「……大丈夫なのか、此処は」
「インフルエンザの予防接種は受けた」
「……ノロは駄目じゃん」
「まあね」
まあね、じゃないから。
「上野さんが昼間来て教えてくれた」
「そっか、上野さん、今日は昼間に来てたんだ」
夜の常連が揃いも揃って来られないのだから、当然、私1人になる訳だ。
私の前にはカップになみなみと入っている紅茶が置かれている。
今日は島根の紅茶。
最近、何を思ったのか、麟太郎は私には国産紅茶ばかりを出す。
私自身は相変わらずお店に来るなり「ダージリン!」と言っているのだが、出て来るのはいつも日本で作られた紅茶。
……美味しいけどさ。
しかも。
お店で喧嘩する訳にはいかないと思って、週末、私のアパートに泊まりに来た時にうっかりクレームをつけたりしたら。
「俺は侑の身体のことを思って、キツくない国産紅茶にしてるから」
ふわっと笑って、耳元で囁かれたりなんかして。
結果、どうでもよくなってしまうのだ。
惚れた弱みというやつで。
どんどん駄目になっていく自分が怖い。
「侑はインフルエンザ受けたの?」
「会社で受けるように言われた」
実は去年、社内で流行し、大変なことになったのである。
持ち込んだのは子持ちの社員。
それから次から次へとバタバタ倒れ。
それでも全く無事だった私は、逆に変人扱いされた。
上司は言った。
「国枝(くにえだ)さんは受けなくてもいいんじゃないかと思うんですが」
同僚も言った。
「ナントカは風邪をひかないって言うしね〜」
失礼な。
私だって倒れることはある。
それで一応予防接種を受けた訳で。
「注射、嫌なんだけどね〜」
私が呟くと、麟太郎は笑った。
「献血も?」
「うん……血圧、上がるの」
「ああ、緊張するのか」
ジュース目当てでたまに献血に行くと、大概高血圧の疑いをかけられる。
「上が140超えるの」
「……高血圧だろ、それは」
「普段は110くらいだもん」
「仮面高血圧か」
「違います」
此処は反撃せねばなるまい。
「そっちこそ、運動不足でそのうちメタボまっしぐらよ」
若くないんだから、と付け加える。
「お前もだろ」
「私は運動してるもん」
「満員電車で通勤してるってだけだろ」
私は満面の笑みを浮かべた。
「会社でスポーツやってるもん」
「……スポーツ?」
麟太郎がゆらりと視線を上げた。
「スポーツって?」
「卓球」
「卓球?」
「そ。今会社で流行ってるの」
「……まさか机か何かを台にして、スリッパをラケットにしてるんじゃないだろうな?」
「そうだけど」
何で分かったのだろう。
「でも結構スリリングでハードだよ? 自分達の机の上を卓球のボールが行き来するのって」
上司は呆れてるけど。
「お前は会社に何しに行ってるんだ?」
麟太郎の問いかけに、私はにっこり笑って答えた。
「卓球する為に決まってるでしょ」



「……普通しないだろ、いくら何でも」
永野君は呆れて言った。
「どんな会社だよ」
「こんな会社」
「……」
翌日。
夜の常連さんは辛うじて1人来ていたのが、先程帰って行き、お店にいるのは同級生3人。
麟太郎は閉店の準備をしながら、私と永野君の話に耳を傍立てている。
麟太郎曰く、永野君は私に気があるとかで、2人で話していると心配になるらしい。
……何もないっつーの。
気になるなら、こっちに来て聞いていればいいのに。
「あり得ないから。会社の机で卓球って」
「うちはアリなの」
永野君は首をかしげている。
やっぱりうちの会社は普通じゃないのだろうか。
「お前の会社がおかしいんじゃなくて、お前自身がおかしいんだよ」
カウンターに戻って来た麟太郎が言った。
「上司が可哀想だよな」
「同感」
何故、そこで男2人で溜息をつく。
「ちゃんと仕事してるからいいの」
「仕事云々じゃないよ。勤務態度が問題なんだよ」
「窓際決定だな」
「ひっどお〜い」
私はそう言ってカップを持ち上げた。
今日の紅茶は佐賀のものらしい。
いい加減、私にダージリンを飲ませろっ!
今年の秋摘み出てるだろっ!



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