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全く嫌になるよ、と永野君は言い、
「国枝、お前、別れたらすぐ言えよ。ラーメン屋連れて行くから」
「別れたらね」
「他の男だったら遠慮なく行くんだけどさ……俺も命は惜しいからな」
麟太郎をちらっと見て、私に向かって悪戯っぽく笑う。
……この顔だと相当モテるだろうけどねえ。
でも。
麟太郎の時と違って、何故か触手は伸びない。
「リン、今日のこれ、勿論奢りだろうな?」
永野君の言葉に麟太郎はカウンターの中で頷いた。
「くっそ〜ヤケ酒だよ、今日は」
「すみません」
私は何となく申し訳なくなって謝った。
永野君は、しょうがないよ、と言って笑った。



永野君が帰って行くと、いつの間にかお店の中は栗原さん達と私だけになっていた。
私は再び文庫本を広げて、頁をめくり始めた。
あと1時間もすれば閉店だ。
麟太郎が奥に引っ込んだ直後。
「国枝さん」
振り返る。
「国枝さん、彼氏いるのにまだ杜君の追っかけやってんの?」
随分な言われ様だ。
これまで、彼女とは話したことなんか一度だってない。
最初の言葉がこれかいな。
……でも。
この分だと、さっきの永野君との会話はあまり聞いていなかったのかも知れない。
聞いていたとしても、肝心な処は分からなかったのだろうか。
「追っかけはしてないですけど……」
私は困ったように笑って言った。
「このお店の常連なんでしょ、国枝さん」
……何か『上から目線』な気がする。
彼女の言葉に棘があるのは、仕方ないのかも知れない。
多分、リンに執着しているという点においては、このひとも私と同じだから。
「ええ、まあ……」
私が返事を返すと、栗原さんは言った。
「あんまりしつこいと嫌われるわよ?」
……しつこいのはどっちなんだか。
お腹の中でそう思ったが、顔には出さない。
それで牽制したつもりか。
大体、男目当てのくせに、お店に独りで来られずに毎回友達を巻き込むというのは、私には信じられない。
私は笑顔を作って言った。
「此処には1人のお客として来ているだけですよ。このお店のお茶は美味しいですし」
一呼吸置いて。
「……彼は此処では、あくまでもお店のマスターですから、付き合ってる私に対しても彼氏の顔は見せませんよ」
栗原さんの顔がみるみる青ざめていく。
私は笑顔を崩さない。
「栗原さん、大学の頃、彼と付き合ってたんですよね?」
「付き合ってないわよ……?」
「あれ?」
永野君の勘違いかな、と私は呟いた。
と、いうことは。
この件に関しては麟太郎の言葉や噂は事実だった訳だ。
栗原さんは唇を噛んで黙り込んでいる。
……おやおや。
もしかして私は、傷を抉るようなことをしてしまったのかも知れない。
まずかったかしら。
麟太郎が奥から戻って来ると、栗原さんは慌てて会計をして、お友達を引き連れて帰って行った。
……あ〜まずいなあ。あれは泣いてるかも。
「……何か、あったの?」
空気の変化に気づいたのか、麟太郎が尋ねた。
「別に」
「栗原、顔色悪かったけど」
「さあね」
「侑、何か言ったんだろ」
しつこいな。
「ちょっと殺虫剤撒いただけよ」
撒き過ぎたかも知れないけど、と呟く。
「……女は怖いな」
麟太郎は肩をすくめて、お店を閉める準備を始めた。
「そっちこそ。永野君が怯えてたじゃないの」
「口だけだよ。あんなの」
ドアの外のメニューを仕舞い、《OPEN》の札を《CLOSE》に裏返し、外の灯りを消す。
「永野君も友情の方が大事だったってことでしょ」
「……かもね」
そういえば、友達の女に手を出したのは聞いたことがないな、と言葉を続ける。
「……じゃ、私も帰るわ」
鞄から財布を取り出し、レジでお金を払う。
「侑」
「何?」
「今日、泊まりに行っていい?」
「……明日はお互い仕事でしょ」
私は朝が早いんだ、と言ったのだが。
「――米と味噌と漬物しか食ってないんだろ」
「そうだけど」
「俺は侑の食生活が心配なんだ」
「いやでも、週末にリンに食べさせて貰ってるから、だいじょ……」
麟太郎の目がすわっている。
「痩せる訳だよな」
「り、量は食べてるから! ちゃんと! 御飯なんか必ず2杯だし!」
「まさか朝飯も俺がいないと食ってないとか……」
「た、食べてます!」
食べてるから勘弁して下さい。
「――ちょっと待ってろ。一緒に行くから」
「ええっ?!」
了承した覚えはないっ!
明日、早いのに……。
しかし。
私に抵抗出来る訳はなかった。



会社の昼休み。
いつもはアルミホイルに包んだおにぎりと漬物しかないのが、今日に限っては机の上にお弁当箱と水筒代わりのタンブラーがのっている。
お弁当の蓋を開けると、中には私の好物ばかりが入っていた。
今朝、台所の音で目が覚めた私は、麟太郎がお弁当を作っている脇から鶏の唐揚げをつまみ食いしようとして手をはたかれた。



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