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……おやまあ、嫌そうな顔。
永野君にも煎茶を出すなんて、考えてもみなかった筈だ。
大体、煎茶はメニューにないんだから。
「……何読んでたの?」
「横溝正史」
「金田一耕助?」
そう、と頷く。
「この前、テレビで映画やってて、原作読みたくなったから」
「へえ〜、国枝ってこういう本を読むんだ〜」
永野君は文庫本をしげしげと眺める。
「永野君、本読む人?」
「俺は漫画ばっかり」
でも最近あまり読んでないけどね、と続ける。
「……そういえば高校の時、学級文庫があったね」
教室の後ろの棚の上に、毎週誰かが買って来る漫画雑誌がいつの間にか整然と並べられるようになり、みんながそれを手にとって読んでいた。
「あれね〜。何か知らないんだけど、ジャンプとサンデーばっかりだったんだよね」
「私は毎週誰かが新しいのを買って来るのを待っていた」
欠けてる号はなかったから、連載を読むのはもってこいだった。
担任も黙認していた学級文庫。
「国枝、今でも漫画読む?」
「ほとんど読まないなあ。今は本ばっかり」
其処へ、麟太郎が永野君にお茶を持って来た。
ちらっと茶碗の中を覗く。
……あれ?
色はそっくりだけど、多分、これは――。
永野君は気づいていないようだが。
「……へえ〜、変わった味だなあ」
「わりといいだろ?」
「旨いよ、これ。こんなのメニューにあったっけ?」
あるよ、と麟太郎は笑い、他のテーブルを片付けに行ってしまう。
……そりゃあ、突っ込まれたくはないでしょうね、私に。
烏龍茶だもん、それ。
確かにそれならメニューにあるけど。
ポットサービスなら絶対に違いが分かっただろうが、色のついた茶碗に入れられた状態では、判別が難しいと思ったのだろうか。
……香りは違うけど。
「国枝、今度飯食いに行かない?」
「ああ、同級生集めて?」
「同窓会じゃないから」
カウンターの中に戻って来た麟太郎が聞き耳を立てているのが分かる。
「2人でだよ、勿論」
永野君はお茶をすすりながら、さらっと言う。
「近くにイタリアンの店があってさ、旨いんだよ、其処。行きづらい所にあるんだけど、車でだったら10分かからないし」
「おやまあ。そういうのは新しい彼女とかもっと若い子を誘った方がいいんじゃないの」
「あれ、国枝、イタリアン嫌い?」
「嫌いじゃないけど、最近あんまり食べる気しなくて」
「ふ〜ん。じゃあ、フランス料理は?」
「あんまり……」
「中華は?」
「うーん……」
「寿司は?」
「えーっ?」
私の答えに、永野君はがくっと脱力した。
「――国枝、普段一体何食べてんだよ」
「え〜? 御飯と味噌汁と漬物〜」
「おかずは?」
「味噌汁と漬物があれば大体大丈夫だよ? 最近、作るの面倒になっててさ〜、もういいや、って……」
麟太郎のあまりの料理の腕前にやる気をなくした、というのは黙っておく。
「会社では流石に何か他のもの食べてんだろ?」
「うちは社食とかないもん。一応、おにぎり握って漬物添えて持って行ってる」
あとはお茶があれば大丈夫だしね〜、と言うと、永野君は呆れて私の顔を見た。
……其処! カウンターの中でこっそり笑わない!
「……お前、男と何食べに行ってんの」
「えーと……この前はラーメン食べに行ったかなあ」
永野君はますます呆れる。
「国枝、それ、本当に彼氏?」
「一応ね」
「……何やってんの、その男」
「働いてるけど。普通に」
……完全に引いてるな。
永野君の顔を見て、私は思った。
「私、普段が粗食だし、たまに御馳走食べると体調崩すのよ。だから、ラーメンくらいが丁度いいみたいで〜」
カウンターの中では笑いが止まらない人が約1名。
「……リン、そんなに笑わなくったっていいだろう」
頭を抱えた永野君が、麟太郎に向かって恨めしそうに言った。
「流石、委員長だと思ってさ」
……だから笑い過ぎだって。
「……また俺は玉砕かよ」
永野君は深々と溜息ついてるし。
「俺、国枝に振られるの2回目なんだけど」
……1回目って、いつだ?
私の顔を見た永野君は言った。
「高2の時だよ。覚えてない……よな」
「委員長は天然だから」
麟太郎は笑いをおさめて、永野君に言う。
「みんな、こうやって叩きのめされていくんだよ、委員長に」
俺は何人も見た、と麟太郎は永野君にお冷やを注ぐ。
「この人の彼氏って、どうやってこの人を口説き落としたのか知りたいよ、俺は」
「だからラーメンだよ、きっと」
「……リン、知ってるのか? もしかして」
「まあね」
その瞬間。
麟太郎と永野君の目が一瞬合った……気がした。
「……なるほど」
永野君は目を逸らして呟く。
「いつ頃から?」
「最近だよ」
「お前も人が悪いよな。言ってくれればいいのにさ」
「言ったからって永野は口説くのやめないだろ」
「諦めは悪いんでね」
……ええと。あの。
私がいる前で話すこととは到底思えませんが。



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