4


「骨が当たる」
「……」
私は無言で麟太郎の頬をつねった。
痛っ、と麟太郎は顔をしかめる。
「……何で永野と来るんだよ」
「だって駅で会ったんだもん」
「あいつも下心あるんだからな」
「言ってたね、そういえば」
嗚呼、素晴らしい高校時代は麟太郎の為にパーになったのか。
つくづく、この男が恨めしい。
「……他人事だな」
「実感ないんだもん。リンも前に言ってたけどさ〜、本当に私、昔はモテてたの?」
「お前に好意を持ってない奴はいなかったよ」
「でも、だ〜れも来なかったのよね〜。永野君は林さんとひっついたしさ〜」
「あいつ今、多分狙ってるから。侑を」
「彼氏いるって言ったよ、私」
「永野は関係ないから。あいつ、普通に他人のものも奪うから」
「――そんな実績があるの?」
「流石に人妻には手を出さないらしいけどね。そうでなければ狙った獲物は逃がさないよ」
「……高校時代はそんな人には見えなかったんだけどね」
変わっちゃったんだなあ、と私は呟く。
「……なびくなよ。あいつに」
その言葉に思わず顔を上げた。
――真剣な顔。
「私がなびかないように、リンが努力しなきゃいけないんじゃないの?」
にっこり笑って言ってやる。
「例えば?」
「ちゃんと注文通りのものを出すとか」
「出してるじゃん」
「ダージリンの夏摘み出してくれないじゃない」
「紅茶よりも緑茶の方がビタミンとか多いんだよ」
「私はあの香りに癒されたいの」
「日本茶だっていい香りするだろ。甘みもあるし」
「そうだけど」
くっそ〜、出す気は全くないのか。
「侑が少しふくよかになったら考える」
何だそれは。
「……太ればいいの?」
それなら簡単。
寒くなれば肥えるのは間違いない。
「――とにかく、永野には気をつけろよ」
しつこいなあ。
「大丈夫だよ〜。リンが努力すれば」
「俺が動くのも限度がある」
それはそうだけど。
「だから、気をつけろよ」
仕方がないので、気をつけます、と笑って返し、するりと麟太郎の腕から抜けて、私は冷煎茶に手を伸ばした。
……自分だって狙われてるくせに。
私はお腹の中でそう思った。



……また来てるよ。
横目でちらっと見る先には、栗原さんとそのお友達がいる。
私はいつものカウンター席で、お茶を前にして静かに本を読んでいる――が、彼女達の会話が少し聞こえるので、内容が気になって気もそぞろ、読書どころではない。
今日のお茶は伊勢の煎茶。
勿論、またもや私の注文を無視した、マスターのおすすめである。
……全く。
私を痩せさせたくないのなら、ビタミン摂らせるよりも糖分摂らせた方がいいんじゃないだろうか。
温かいお茶をすすりながら本の頁をめくっていると、麟太郎がカウンターの中に戻って来て、小声で言った。
「……侑、栗原と知り合い?」
「全然。顔は有名人だから知ってるけど、接点はないよ」
何で?と小さな声で尋ねると、麟太郎が言った。
「向こうは侑のこと知ってる」
「えーっ、何で?」
「さあ? 国枝さんは高校の時の同級生だったんでしょう、って言われた」
……おかしいなあ、目立たなかった筈なのに。
麟太郎命だったのがそれほどバレバレだったんだろうか。
「私、そんなにストーカーだった?」
「さあ?」
……何で本人がそんな微妙な答えを返すのよ。
麟太郎に尋ねた私が馬鹿なのかも知れない。
一応、テーブル席の方に振り返ると、彼女達は麟太郎と私のやりとりを凝視していたようで。
多分、こちらの会話は聞き取れなかったと思うのだが。
ちょっと怖かったが、笑顔で軽く会釈をしてみたら、つられたのか向こうも会釈を返して来た。
「友好的だな」
「さあね」
視線を元に戻して呟く。
女の敵はいつだって女だ。
「……いいわねえ、人気者は」
「妬いてんの?」
「別に」
私が麟太郎から視線を逸らすと、目の前の男はクスッと笑った。
……悔しいっ。
また本に目を落とし、頁をめくる。
お店のドアが開く音が聞こえた。
「いらっしゃいませ……あ」
麟太郎の声の変化に私は思わず顔を上げた。
「あれ、国枝」
振り返ると、仕事帰りと思われる永野君が立っていた。
「何、また来てんの?」
隣に腰かけながら言う。
「うん。――永野君は?」
「何か来たくなってさ」
ふうん、と返す。
……此処は私のオアシスだった筈なのにな。
内心、不快ではあったが、それを顔に出すのも大人げない。
「何、緑茶なの? 国枝」
うん、まあね、と曖昧に言う。
「リン、俺も国枝と同じやつね」
麟太郎は永野君の前にお冷やを置き、お茶の支度を始めた。



[ 12/21 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -