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……麟太郎が出て来るまで粘る気だな。
今、彼女達のテーブルの上にあるのは、おそらくディナーセットのお茶だ。
私は構わず、鞄から文庫本を取り出して、読み始めた。
お母さんがカウンターの中に戻って来て、手際よくお茶の準備に取りかかる。
……あの、リンの指示に忠実じゃなくていいですから。
やっぱり煎茶か。
何で日本茶なんだ?
麟太郎のマイブームなんだろうか。
本をめくりながら考える。
「いらっしゃい」
ふと顔を上げると麟太郎がカウンターの向かいにいた。
お母さんが麟太郎の作ったディナーセットやお茶をお客に運びに行く。
……気をつかってくれたのかも知れない。
「鹿児島だってね、今日は」
「そう」
にっこり笑って麟太郎は私にお茶を差し出す。
今日は、温かい煎茶。
「……そう、じゃなくて」
私はお茶を飲みながら言った。
「ダージリンの夏摘みは?」
「侑は煎茶」
何故そう言い切る。
……そこで笑って誤魔化すな!
くっそ〜、確かに私はコイツの笑顔に弱いけど。
私がズキズキと痛むこめかみを押さえている間に、麟太郎は他のテーブルを片付けに行った。
片付けが一段落したところで栗原さんに呼ばれ、そちらに出向いて行ったきりなかなか戻れなさそうだったので、私はとっとと帰宅した。
……後で締め上げてやる。
そう思いながら。



数日後の夜。
「国枝」
振り返ると、其処には懐かしい顔があった。
「永野君!」
彼は高校の同級生で、一緒に学級委員をやったこともある。
麟太郎とも仲が良かったし、今でも少しは付き合いがあるのではないだろうか。
「うわあ〜、随分立派になっちゃって」
「国枝も学生の頃とは随分違うよなあ」
「お互い、老けたよね」
顔を見合わせて、笑う。
「あれ、国枝ん家って此処が最寄りじゃないよね?」
「……家を追い出されたのよ。親がうるさくてね、仕方なく」
永野君は?と聞くと、まだ実家だと言う。
「国枝、ちょっと飲まない?」
「私、アルコール駄目なんだ。1回、無理に飲んだら倒れちゃって、それ以来飲んでなくて」
「じゃあ、お茶しよう、お茶」
永野君は先に歩き出す。
ドトールにでも入るのかな、と思ったら素通り。
ああ、じゃあこの先の珈琲専門店に入るのかな、と思ったら素通り。
……この方向は、まさか。
「永野君、何処でお茶するの?」
「リンのとこ」
「は?」
永野君は振り返って、言った。
「国枝、知らないの? リン――同級生だった杜麟太郎、実家で紅茶専門店やってるんだよ」
……知ってるけど。
物凄くよく知ってるけど。
「たまに行くんだけど、美味しいんだよ、これが」
「そ、そうなんだ」
永野君、単にお茶するんだったら、ドトールでいいから!
安いし長居しても怒られないし、帰りに麟太郎のとこでシメにお茶が飲めるから!
嗚呼。
《猫の杜》って……。
「あれ? 国枝ってもしかして紅茶、苦手?」
「そ、そんなことないよ」
「もしかして珈琲の方が好き、とか」
「アルコールじゃなければ何でも飲むよ」
なら良かった、と永野君はほっとしたように笑う。
……着いたよ、もう。
私は深々と溜息をついた。


永野君に続いてお店に入ると、珍しくお客は常連が1人しかいなかった。
カウンターの中のマスターは、永野君に気づいて嬉しそうに笑いかけ、永野君の後ろに隠れた私に気づいて顔をしかめた……気がした。
テーブル席に陣取ると、麟太郎がお冷やを持って来た。
「珍しいな、永野が女連れで」
「駅で見かけたんだよ、高校の時の委員長。懐かしいだろ?」
「……そうだな」
あの〜、懐かしいというのは、どのくらい前のことを言うのでしょうか。
私、毎日顔を見てると思うんですが。
昨日も此処にいましたし。
「リン、何がおすすめ?」
「ストレートだったらダージリンのセカンドフラッシュ。女性向けなのはこのミルクティーかな」
「どうする? 国枝」
「じゃあ、ミルクティーを……」
「俺、おすすめのダージリンね。国枝、飯は?」
「会社で少し食べて来た」
「じゃあ、お茶だけでいいや」
麟太郎はカウンターに引き返して行く。
……今日は紅茶が飲めそうだ。
「……国枝、そういえば昔、リンの追っかけやってたよね」
「ああ、高校の頃?」
正確には今でも執着してると思うけど。
「あの頃、俺、国枝のこと好きだったんだよ」
「ええっ?」
「俺だけじゃない、委員長が好きだった奴、何人もいたもん」
「嘘ぉ!」
「本当だって。リンくらいだよ、国枝を前にして平然としてたのは」
……信じられん。
人生でそんなモテ期があったとは。
「国枝、全然見向きもしなかったからさあ、みんな諦めてたんだよ」
……そりゃあまあ、麟太郎一筋だったからねえ。
つーか、皆さん、そういうことは早く言ってよ!




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