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各駅停車しか止まらない駅から歩いて5分。
比較的若くて美形のマスターが経営する紅茶専門店《猫の杜(ねこのもり)》はある。
今日も仕事帰りに、私、国枝侑(くにえだ・ゆう)はカウンターの席に座っているのだが。
「リン、夏摘み」
「夏摘みね」
お店のマスター、杜麟太郎(もり・りんたろう)が私の言葉に頷いて、カウンターの中で動き始めた。
夏摘みダージリンは私の大好物だ。
あのマスカットフレーバーと甘い味が何とも言えない。
それにしても。
……いつ見ても涼やかなひと。
ぼんやり麟太郎の姿を眺めながら思う。
そもそも、麟太郎は高校の同級生で大学も一緒、長年友人関係にあったのだが、最近随分と近しい関係になった。
友人関係と言っても、私の方からしてみれば薄氷を踏むような危うい状態で、関係を壊したくないが為にある程度の距離を保って、其処から先には進めずにいた、そんな関係だった。
しかも、私の麟太郎に対する好意は、ある程度の距離を保って抑えていたにも関わらず、端から見れば張りついているのは明白で、よって麟太郎本人も知っているという変なものだった。
麟太郎本人は私のことをどう思っていたのか。
いつから私と同じような感情を抱くようになったのかは知らない。
何しろ昔から女が寄って来る人だったし、私の知らないところで誰かと付き合っていたかも知れない。
こんな疑いを口にすれば、人のこと言えるのか!と言い返されてしまうけれど。
……とにかく。
今では麟太郎のお母さん公認(いつの間にか)、お店の休みの前の日には当たり前のように麟太郎が近所の私のアパートに泊まりに来るようになってしまった。
……いいのかなあ、こんなで。
報われない時代が長かったので、どうも今の状態に慣れない。
お店に来る麟太郎目当ての女性客を見ると呪いたくなるし。
お店では私もお客の1人に過ぎない。
この嫉妬や不安はどうやったら克服されるのだろう。
「……リン、何これ」
「夏摘み」
「夏摘みって……これ、何?」
「煎茶」
「ダージリンはっ?」
「夏摘みって言ったろ?」
「言ったけどっ」
「だから静岡の7月摘みでいれた冷煎茶だよ」
……だから此処は紅茶専門店で、私はダージリンのセカンドフラッシュ(夏摘み)が飲みたいんだってば!
何で煎茶……?
今日もダージリン飲めないの……?
私はテーブルに突っ伏した。
側で、綺麗な黄緑色した冷煎茶の中の透明な氷が、カランと音を立てた。



翌日。
仕事帰りに《猫の杜》に寄ると、見慣れない女性客が2人、テーブル席にいた。
昼はともかく、夜はわりと来るお客が決まっているので、思わず目を向けてしまった。
しかも、記憶違いでなければ、片割れは。
――栗原さん。
大学時代、麟太郎と同じ専攻だった女性だ。
私は麟太郎とは同じ大学、同じ学部ではあったが、専攻は違っていた。
栗原さんは、その専攻の学生の中で、麟太郎と同じくらい有名人だった。
美人、という理由で。
ただ、麟太郎と違って、容姿も性格も人間関係も派手で、常に集団の中心にいたという印象がある。
私は栗原さんとは接点がなく、顔は有名人なので流石に知ってはいたが、話したことは一度もなかった。
そんな彼女が何故、このお店にいるのか。
……麟太郎狙いか。
学生時代から、麟太郎を狙っているという噂はあったが。
麟太郎自身に聞いた訳ではないのだが、どうも学生時代、彼女は麟太郎に相手にされなかったらしい。
まあ、栗原さんなら寄って来る男は山のようにいただろうし、実際男性関係は派手だったと聞く。
……しかし。
何で今頃になって?
諦め切れなかったのかしら。
何にせよ、警戒注意報発令である。
「侑ちゃん」
カウンターの中にいた麟太郎のお母さんが、小声で言った。
「あのお客さん、知ってる?」
ええまあ、と私も小声で返す。
「大学時代リンと同じ専攻だったひとです」
学園祭のミスコンでは常に1位だった有名人ですよ、と付け加える。
「最近、よく来るのよ〜。一緒に来る子はいつも違う子なんだけど」
「男のひとと一緒に来たりします?」
麟太郎のお母さんは首を横に振った。
……やっぱり。
私は溜息をついた。
間違いない。
麟太郎狙いだ。
「で、リンは?」
「裏で調理してるわよ? 呼ぶ?」
「いえ、いいです。最近、リンに注文すると違うものばっか出て来るんで」
「ああ、そうそう、侑ちゃんが来たらこれを出すように指示を受けてるのよ」
お母さんはメモを見せてくれた。
確かに、麟太郎の字だが。
「……鹿児島の夏摘み?」
「煎茶、ですって」
お母さんはからからと笑う。
……アノヤロウ、ただじゃおかねえ。
私にダージリンを飲ませろっ!
「すみませ〜ん」
栗原さんの声にお母さんはテーブルの方に歩み寄った。
「あの〜、ミルクティー、下さい」




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