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《猫の杜》の前に着くと、既に麟太郎が待っていた。
「早いな」
それはもう。
「昨日の四季春を買いに行くところだったから」
でもそんなことより気になるのは。
「何で今日はお店休みなの?」
「祝日」
……気づかなかった私が馬鹿でした。
日祝定休でしたね、そういえば。
連れだって駅へと歩いて行く。
「どこまで行くの」
「620円」
それは答えになってません!
切符は買えるよ、切符は。
でも行き先がそれじゃあ分からないじゃないの!
仕方なく言われた通りに切符を買って揃って改札を抜け、ホームに下りて行く。
下りながら考える。
こちら側のホームの電車に乗るということは……。
「どんなお茶を見に行くの」
「四季春だろ」
「私はね。リンは?」
「台湾のお茶」
「紅茶じゃなくて?」
「烏龍茶を勉強がてら幾つか見てみようと思って」
「お店に出すの?」
「多分出さない」
何だそりゃ。
「じゃあ、本当にお茶の勉強なんだ」
そう、という返事が返って来る。
こっち方面の電車で烏龍茶の勉強に行くってことは。
「……もしかして中華街、行くの」
麟太郎が頷いた。
「豚足ラーメン食べたいし」
何だそれは!
お茶の勉強に行くんじゃないのか!
……まさか。
「お茶じゃなくて、メインはそっちなんでしょう!」
私が言うと、麟太郎が声を上げて笑いだした。
……笑ってるよ、この人。
雨降らなきゃいいけど。
いつもクールで涼やかな美青年が声出して笑ってるのを見ると、私は……。
「何固まってんの」
「……何でも、ない」
心臓止まるから!
本当に。
「なるほど。豚足ラーメン食べたいが為に中華街ね」
「ガイドブックに載ってた」
アナタそんなの見るんですか。
私の疑い深い目を見て、麟太郎は言った。
「出かける時の参考になる」
ふうん。
確かに、中華街とかは見てから行く方がいい気がするけど。
って、まさか。
「……なるほど。ガイドブック見て誰かとどっか出かけた訳ね」
「まあね」
ちょっと!
誰と行ったのよ、誰と!
小嶋さん?
宮村さん?
橋本さん?
誰よ、一体!
私はこの怒りを悟られたくなくて、あさっての方を向いた。
後ろで、麟太郎がまた笑っている気がした。
思わず、振り返る。
「……ちょっと! いつまで笑ってんのよ!」
麟太郎は電車が来るまで延々笑い続けていた。



電車を下りて、ゆっくり歩く。
人通りも多いが、まだ昼前なので、これからまた増える筈だ。
祝日だし。
道行く人が、麟太郎の姿を目にすると振り返っていくのが分かる。
本人は悠然としているが。
私はこっそり溜息をつく。
私にもその美貌を少しは分けて欲しい。
何なの、1人だけ涼しそうにしちゃってさ。
許せん。
……でも。
皆さ〜ん、こんな美青年が今から高級中華とかじゃなくて、豚足ラーメン食べるんですよ〜!
そう、拡声器で叫んでやろうか。
「何にやにやしてんの」
「……別に」
言いませんけどね。
「国枝、時々思い出し笑いするよね」
「今のは思い出し笑いじゃないよ」
「じゃあ何」
「妄想」
麟太郎が呆れたのが分かるが、知らん顔する。
路地に入ってまもなく、お店に到着。
小さい店だが運良く座れたので、早速注文する。
麟太郎と外で御飯食べるなんて久しぶりだ。
「大学以来だよね? リンと御飯食べるのって」
「この前食べただろ、国枝の家で」
あれは美味しゅうございました。《猫の杜》のマスターお手製の料理、幸せ過ぎて症状が悪化するかと思いました……って、そうじゃなくて。
「いやまあ、そうなんだけど、外で食べるのはさ」
「そうだな」
麟太郎は遠い目をして言った。
「あの頃は学食とファーストフードしか食べに行かなかったな」
「お金、なかったしね」
お互い、バイトに明け暮れていた気がする。
私は生活の為。
麟太郎は紅茶の為。
「ああでも、紅茶は飲みに行ったよ、何回か」
「あれは国枝が勝手について来たんだろ」
お金と暇があれば、麟太郎はあちこちの紅茶を飲み歩いていたので、たまに私も無理矢理ついて行っていた。
麟太郎のことを狙っている女子は多かったから。
アピールしていかないと生き残っていけなかった。
「それが今じゃあ豚足ラーメンか。出世したよね、お互い」
「そうだな」
そこへ、ラーメンが来た。
独特のスパイスの香り。
食べている間はお互い無言。
私はこれが今日最初の食事だし、もしかしたら麟太郎もそうかも知れない。
普段なら、コラーゲンだ〜これで私も美人になれるかも〜、等と言うところだが、箸は止まらなかった。
とっても幸せな気分で会計をしようと伝票を掴むと、麟太郎が止めた。
「俺が払う」
「え?」
嘘でしょう?
麟太郎と御飯食べに行く時は自分の分は自分で払うのが暗黙の了解。



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