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『でも、彼女には言えなかった。彼女の素行不良の原因が、自分の弟、つまり彼女にとっては兄である男と別れたことにあったことを知っていたから』
そして。
『アンタにも言えなかった。自分が兄貴だってことを』
だから、辛うじて言葉にしたのは。

「堕ろすか、別れるか」

彼は口元だけで笑った。
『罪の意識はあったんだろうね。アンタも兄貴も妹も。それがタブーだと思っていた。兄貴は特に職業的にまずいしね』
色々報道されてはいるが、基本的に道徳や倫理に厳しい職業であることには違いない。
自分が仕事上関わった人間と、関わっている期間に特別な関係を持ち。
しかも相手は妹だった、などということは決してあってはならない。
『アンタは其処から抜け出せそうだったけれど、妹は片足突っ込んだままで、兄貴に至っては両足はまっていた訳だ』
そして。
事態は動いた。
何処で知ったのか、陽菜が血の繋がりの事実を知った。
彼女の精神は混乱をきたした。
兄達や周りに相談も出来ず、彼女は短絡的な思考を持つようになり、衝動的に岬から飛び降りた。
元カレの村田は詳しい事情を知る余地もなかったが、彼女の死の原因となった人物を責め、岬から突き落とされた。


そして、また。

「俺も兄貴を殺した」

男は言った。




――この場所で。






カーブを曲がると岬が見えて来る。
月明かりと僅かな街灯、車のライトを頼りに浅倉は岬の入口で車を止めた。
車から降りた途端、何かの音が聞こえた。
「……野口?」
はっとして岬の先端の方に目をこらすと、月明かりに照らされて、人のシルエットが浮かび上がった。
「誰かいるのか?!」
速足で岬の先端へと近づいて行く。
すると。

『死んだよ』

そう言って、若い男が岬の先端から月を背にして浅倉の方に近づいて来た。
前髪が長く、目は見えないが、気味の悪いくらいにやにや笑っている。
『朝には2人の男の死体が上がる』
「……宮下と野口を殺したのか」
浅倉が男を睨みつけると、彼は何も言わずににやりと笑った。
そして。
『じゃあね』
そう言って、彼は髪をなびかせ、浅倉の脇を通り過ぎて行く。
浅倉は数秒間、金縛りにあったかのように動けなかった。
何故か冷や汗が背中を伝った。
暫くして、身体は動かせるようになったが、彼の姿はすっかり岬から消え失せていた。
「今のは、何だ……?」
風が草を揺らす中、浅倉は呆然とその場に立ち尽くした。






夜が明ける頃。
岬から2人の男性の遺体が上がった。
宮下と野口。
野口の方が先に死んだらしいということが判明した――のだが。
何故か野口の死体の近くには万札が何枚も一緒に浮かんでいたという。
駆けつけた同僚達は皆、野口の死にショックを隠し切れなかった。
宮下よりも先に死んだことを知り、野口が人を殺していなかったことにほっとしている者も少なくなかった。
浅倉は崖の下から岬を見上げた。
自分は数時間前あの岬の上で、事件に関わりがあると思われる人物に遭遇した。
長い前髪が目元を隠し、薄気味悪い笑みを浮かべた、若い男。
あの男は今回の事件だけに関係しているのだろうか。

『若い男の人が1人いました』
『若い男の人でした』

岬で生き残った2人の言葉が脳内で蘇る。
四野岬で度々起こる自殺。
およそ自殺などしそうもない、逆に他人を死に追いやっていそうな人々が、岬から飛び降りる。

「まさか……」

それに続く言葉は喉の奥で止まった。


――『彼』だ。


岬に巣食い、死を誘う。
今まで何人があの場所から海に落ちたのだろう。
悪人ばかりが命を落とす岬。
もしかすると、宮下にも暗い過去があったのかも知れない。
――野口にも。
正直に言って、彼らが抱えていたかも知れない過去を知りたくはない。
けれど。
もう、これ以上。
此処で誰も死なせはしない。
浅倉は心の中でそう呟いた。





空にはにやにや笑う男の顔が浮かんでいた。

「次は誰かなあ?」

その声は、岬にいる人間の誰にも聞こえることはなかった。





(終わり)







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