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……ソンナノ、ウソダ。







不思議な程に月明かりが眩しい十五夜。
浅倉は相棒の野口を追って四野岬へと車を飛ばした。
携帯は繋がらず、行方には何の手がかりもない。
――四野岬。
自殺の名所。
今回の一連の事件の舞台。
逃亡するには一番相応しくない場所だが、浅倉は何故か野口が其処にいるように思った。
『野口は米沢陽菜が補導された際の担当だったそうだ』
『陽菜は当時から野口のことを慕っていたらしい』
『男女の関係だった可能性がある』
『腹の子の父親かも知れない』
――まさか。
そんな訳はない。
野口に限って。


ヒトヲ、コロスハズガナイ。






長い髪が風に吹かれて揺れている。
「……来てくれた」
彼女が微笑んだ。
「来てくれると思った」
男は彼女の方へとゆっくり歩み寄る。
「……本当に、死んでなかったんだな」
電話がかかって来た時には心臓が止まるかと思う程驚いた。
彼女は、死んだ筈だから。
死んだことを確認していたから。
「まさか幽霊じゃないよな」
そっと、頬に触れてみる。
風に吹かれて少し冷えているけれど、ちゃんと皮膚の感触がある。
「私は此処にいるよ」
彼女は男の手に自分の手を重ねてそっと目を閉じる。
「生きていれば、何とかなる。――そう言ったでしょ?」
柔らかい笑顔。
包み込むような声。



……ソンナノ、ウソダ。



「……違う」
彼は呟いた。
「お前は陽菜じゃない」
「え?」
彼女はきょとんとした顔をする。
姿形も、声も、雰囲気も、陽菜そのものだ。
――けれど。
「陽菜じゃない」
それだけは分かる。
本当の陽菜なら、きっと――。


「俺を恨んでいるから」



ぐにゃり、と彼女の身体全体が歪んだ。
思わず男は後ずさる。
男の目の前で、それは前髪の長い青年の姿になって行く。
口元に気味の悪い笑みを浮かべた中肉中背の青年。
『一応、サービスだったんだけどね。あの姿は』
そう言って彼はにやにやと笑う。
『ま、分かったんなら仕方ないか』
「……お前、誰だ」
男は恐怖で身体が動かなかったが、辛うじてそう問いかけた。
『彼女の最期を見届けた奴、じゃ駄目かな』
「――最期?」
『もしくは、彼女を取り巻く男達が殺される所を見た目撃者、って感じ?』
「なん……だって……?」
彼はにやりと笑った。
『勿論、アンタが此処から人を落とす所も見てたよ』
岬に生暖かい風が吹いた。
『彼女は自ら命を絶った』
彼は言った。
『男に捨てられた――ってのもあるけど、連鎖……もしくは遺伝を気にしたのかも知れないよ』
「……まさか」



『或る所に大家族で暮らす家があった』
彼はにやにや笑いながら言った。
『夫婦と、子供と、その配偶者と、そのまた子供達と。大きな家だったから、沢山いても物理的には大丈夫だった。けれど――みんな病んでいた』
家の中で繰り返される様々な虐待。
最早、誰が加害者で誰が被害者なのかもよく分からなくなっていた。
家族の誰もが両方の立場にあるか、もしくは見て見ぬふりをしていた。
『いや、1人だけ加害者にならなかった人間がいた』
それは、一番下の孫娘。
彼女は完全に被害者だった。
自分の意に染まぬ妊娠は、肉親からもたらされたものだった。
その事実はまもなく役所の知るところとなり、彼女は家族から引き離されて保護され、家族もバラバラになった。
『でも、それで終わらなかった』
彼女は施設を出てまもなく、また妊娠した。
相手は、またもや肉親だった。
彼女もまた、病んでいた。
生まれた子供は、全く関わりのない夫婦に引き取られた。
『数年経って、また妊娠した時も、相手は肉親だったんだよな。今度は上の兄貴』
生まれた子供は施設の前に置き去りにされた。
そして。
またもや妊娠。
今度は彼女と一番年の近い兄だったという。
『何を考えたのか、ちゃんとした家庭を作ろうとしたんだよな、彼女と下の兄貴は』
他の肉親に見つからないように、彼らは離れた場所で家族3人でひっそりと暮らした。
不幸な事故で彼女と下の兄が亡くなるまで。



『次の世代も同じ嗜好を持っていたのは……不思議だよな』
風が彼の長い前髪を揺らした。
『何の情報もなく、妹は2人の兄を男として愛した。兄も同じ。でも』
「暫くして、兄妹だって分かった。だから、話し合って別れた」
『下の兄貴は、ね。でも上の兄貴は――事実を妹に打ち明けられずに、子供までつくった』
「……まさか」
凍りつく男の顔を見てにやりと彼は笑った。
『そう。彼はアンタ達の兄貴だよ』
しかも。
『彼はその事実を知っていた』
3人の血が繋がっていることを。
そして、自分達の家系のことを。




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