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その日、浅倉は四野岬で死んだ米沢陽菜(よねざわ・ひな)と村田正(むらた・ただし)の関係者から話を聞いていた。
すると、陽菜と村田の死に疑念を抱いて調べていたという人物に行き当たった。
――宮下信明(みやした・のぶあき)。
陽菜とは同じ施設で育ち、一時は付き合っていたらしい。
そこで、宮下に話を聞こうと会社の寮に行ってみたのだが。
「――行方不明?」
浅倉は思わず聞き返した。
寮の管理人は言った。
「携帯も繋がらないんですよ」
職場にも何の連絡もなく、この数日、誰も宮下とは連絡がつかないという。
……まさか。
調べてみると、宮下の携帯の最後の発信は、何と。
――四野岬を含むエリア。
浅倉は嫌な予感に襲われた。



「……ノブ君も私も、陽菜が妊娠していたことを知ってから、自殺が信じられなくなりました」
栗原美香(くりはら・みか)は言った。
米沢陽菜のルームメイトだった人物だ。
「同じ施設で育ったからなのか、陽菜はノブ君を物凄く信用してたと思います」
「死ぬ前に会いたがってたんだよね?」
美香は頷いた。
「ノブ君、ちゃんと働くようになってから忙しかったし、陽菜の彼氏に遠慮して殆ど会わなかった筈です」
「お腹の子供の父親が彼だという可能性は?」
「絶対ないです」
美香は言葉を続けた。
「ノブ君はちゃんとけじめをつけるタイプですから。陽菜と別れてからは陽菜には指1本触れてないと思います」
そして。
「だから陽菜は信用してたのかも知れません」
浅倉はふと思った。
「……何で彼女は彼と別れたのかな」
「あたしもそれがずっと不思議で」
美香は言った。
「ノブ君とずっと一緒だったら、陽菜は死なずに済んだんじゃないかって……」



「……ノブさんの名前聞く度に陽菜とは喧嘩しました」
大野文孝(おおの・ふみたか)は言った。
『何て言うか……チョーシいいって言うか……』
美香の大野に対する評価は当たっている、と浅倉は思った。
『ノブ君もそう言ってました』
いい加減だが、要領は良い。
「やっぱ、幼馴染みには敵わないっすよ」
知らないことの方が少ないんですから、と大野は言った。
「陽菜がノブさんのことを別格にしてるのがすげー分かって」
でも。
「俺は前からノブさんとは知り合いで、いい人なのは知ってたし、陽菜とはあんまり連絡とらないようにしてくれてたのも知ってたし、見当違いの嫉妬なのは分かってたんですけど」
それでも。
「やっぱ、嫌でしたね」
大野は笑った。
「別れた時も、思いました。陽菜はまたノブさんとヨリを戻すんじゃないかって」
「でも、戻らなかった」
ええ、と大野は頷いた。
「だから、陽菜が鳥海さんと付き合ってんの聞いた時、びっくりしました。ああ、あの2人はそういう関係じゃないんだって。兄弟みたいな感じなのかも知れないって」
そして、少し間を置いて。
「陽菜の歴代の彼氏って、多かれ少なかれみんなノブさんに嫉妬してたと思います」



「プロポーズを断られた時、ノブさんに負けたって思いました」
鳥海誠(とりうみ・まこと)は言った。
大野が言った通り、如何にも真面目な会社員という感じだ。
「彼女の中で、彼の存在は大きかった?」
浅倉が尋ねると、鳥海は頷いた。
「ヨリを戻すと思った?」
「最初はそう思ってました」
「でも、戻らなかった」
「ええ」
鳥海は浅倉に言った。
「別れて時間が経って、陽菜が吉野と付き合うようになってから、聞いたことがあります。何で、ノブさんじゃないのかって」
「そしたら?」
鳥海は目を伏せた。
「陽菜は笑ってました。それはない、って」
「復縁はない……」
「ええ。最早、男女じゃなかったんですね、あの2人は」



「陽菜と付き合ってた時、二股かけなかったのは……あの人には言わなかったけど、負けたくなかったんですよね」
「宮下さんに?」
「はい」
吉野一馬(よしの・かずま)は頷いた。
浅倉は吉野をさりげなく観察して、思った。
何とも言えない魅力がある、と。
女性達はこの魅力に逆らえずに彼の周りに集まるのだろう。
「……彼にとって米沢さんはどうだったのかな」
「さあ……一時は特別な間柄だった幼馴染みって感じなのかなあ……大事な存在だったのは確かだと思うけど、『どういう風に』大事だったかはちょっと……」
でも、普通は調べ回ったりしないですよねえ、と吉野は言った。
「あの時に初めて会ったんですよ、ノブさんが陽菜のこと聞きに来た時」
浅倉が先を促した。
「何て言うか……熱い人でしたね。友達の為なら何だってやる、みたいな」
吉野は呟いた。
「陽菜にもそうだったのかも知れないですね……」



児童養護施設《みつばちの家》。
住宅地の中にひっそりと建っている、鉄筋コンクリート造りの建物。
米沢陽菜と宮下信明は此処に18歳までいた。
「……良い子達でした、本当に」




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