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暦の上ではすっかり秋。
でもまだまだ残暑は残っていて、電車も建物の中にもガンガン冷房が効いている。
立花美弥(たちばな・みや)はあまりの寒さにカーディガンの前をかき合わせた。
最近本当に単独行動が多くなった、と美弥は思う。
友人たちはそれぞれデートだったりバイトだったりで忙しい。
美弥自身もそれなりに忙しいけれど。
でも。
心の中に秋風が吹いているのはどうしようもない。
制服を着ていた頃は、頭の中が春だったり夏だったりしていた。
充実していた、と思う。
今だって何もない訳じゃない。
でもやっぱり、今は秋だ。


「やっちゃん、元気?」
海外に住む一番上の姉が、美弥の顔を見るなり言ったのがその言葉。
「元気よ」
美弥の言葉に安心して姉は笑った。
家族の中で一番心配されていたのが、4人兄弟の上から2番目の兄。
元、姉。
幼児の頃から明らかに自分の持って生まれた性に馴染めず、様々な葛藤の末、性別を変えることを選んだ兄弟。
「ミキさんと結婚するかも」
「そう……」
色んな思いが姉と美弥の頭を駆け巡る。
最初は、幼馴染み。
それから、親友。
そして、恋人。
親友から恋人になるまでの過程で、2人の間にどんな嵐が吹き荒れていたのかは、流石の美弥にも分からない。
「一緒に住むって2人で言いに来た」
「……そう」
姉は目元を押さえて、言った。
「幸せになって欲しいよね」


自分の周りの人間全てが幸せであって欲しい。
美弥は心からそう思う。
家族も。
友人も。
見守ることしか出来ないけれど。
それでも、願わずにはいられない。


……で、私は取り残されていく訳なのよね。
美弥は溜息をつく。
嵐の真っ只中にいるタイプではないのだ。
常に傍観者であることを、何故か求められる。
傍観者。
見守り。
悟りをひらいた覚えはないんだけどな。
秋は、寂しい。


「美弥」
振り返ると、昔の兄と同じ悩みを抱えている友人がいた。
「あれ? 須美(すみ)ちゃんバイトじゃないの?」
「もう終わった」
「早いね」
「今日は2時間しか入れなかったから」
そっか、と美弥は笑った。
そして。
「須美ちゃん、お茶しよう!」
「いいけど……何かあったの?」
「ないよ〜。ドトールでいい?」
須美が頷くと、美弥は先立って歩き出した。
「……変だよ、やっぱり」
後ろで友人が首をかしげているのは分かっていたが、足取りが軽いのは止められなかった。


秋風が吹いているのは仕方ない。
寂しいのには違いないし。
でも。
決して独りではない。
それは、分かる。
だから自分は、ほんの小さな幸せを感じられるだけでいい。
美弥はスキップしながら思った。
嬉しい気持ちに包まれながら。




(終わり)






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