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願っていればいつか叶う。
子供の頃はそう信じていた。
でも。
今は分かってる。
叶うのは選ばれた人だけだと。
そして。
自分は選ばれなかったのだと。


「おはよう、須美(すみ)ちゃん」
美弥(みや)が後ろから声をかけて来た。
「あれ? 佳乃(よしの)と夏奈(かな)は?」
「もう教室に行ってると思うよ。夏奈ちゃん宿題忘れたみたいだから」
「たまには痛い目見た方が良いんじゃないの」
「狩野(かりの)君いるから大丈夫。佳乃ちゃんのノートの丸写しにはならないんじゃないかな」
「ああそれなら大丈夫だね」
生真面目な佳乃のノートを誰もが当てにしているけれど、夏奈は当てにし過ぎる。放っておくと自力では全く宿題をやろうとしなくなる。佳乃は一応断るけれど、大体断りきれずにノートを見せてしまう。それを程々にするのが佳乃の彼氏たる狩野の役目。
「須美ちゃん、彼とうまくいってるの?」
「別れた」
「……あ、ごめん」
「いいよ、別に。最初からそんな気がしてたし。そっちは?」
「駄目。大学入ってから縁遠くなっちゃったみたい」
美弥は高校時代には付き合ってる男がいたらしいが、大学に入る頃に別れたそうだ。
「須美ちゃん、沢山いるよね」
「一人、回そうか?」
「遠慮する」
「そうだよね」
美弥と二人、けらけら笑った。


夕方。
美弥が買い物に付き合えと言うのでついて行った。
洋服が欲しいのだと言う。
スカートを見ながら、美弥が言った。
「須美ちゃんてスカート穿かないの?」
「制服以外持ってない」
「本当に?」
「苦手だから」
努力はしてる。
でも、制服以外のスカートはやっぱり無理だ。
「そっかあ、だから須美ちゃんジーンズ似合うのかなあ」
「美弥はジーンズ苦手だよね」
「駄目。何か似合わないの」
美弥のふわふわした雰囲気には硬いジーンズは確かに合わない。
「須美ちゃんみたいに髪を短くしてボーイッシュに、っていうのに憧れるんだけど、駄目なんだよね。昔一度やったんだけど、合わないの」
「あなたはいわゆる女の子らしい可愛い格好が似合うんだよ。背もそんなに大きくないし」
「いいなあ。須美ちゃん、私に5センチくらい頂戴」
「駄目」
つい、笑ってしまった。
「須美ちゃんと一緒にいると、彼氏といるみたいに見えるね、きっと」
「……そうかな」
「だって須美ちゃんハンサムだもの」
「そんなことないよ」
全くどうしてハンサムな須美ちゃんに彼氏が出来て私に出来ないのかしらっ、と美弥はぶつぶつ言った。
半分以上は単なる友達だけどね。
そんな言葉を黙って飲み込んだ。
時々、美弥はどきっとすることを言う。
もしかして……。
否、そんな筈はない。
これまでずっと平穏無事に来たのだから。
必死に自分に言い聞かせる。
何も余計な波風を立てることもない、と。


「中村さん」
振り返ると狩野がいた。
「佳乃、知らない?」
「図書館じゃないの?」
「いないんだよ。見てない?」
「知らない。……珍しいね、狩野が佳乃の行き先知らないなんて」
「ちょっと目を離した隙にいなくなってさあ」
今頃、佳乃は久し振りの独りの時間を味っているのだろう……駅前のネットカフェで。
「全く。3限休講だからデート出来ると思ったのに」
「残念だね」
狩野は悔しそうな顔をした。
「絶対見つけてやる」
懲りない奴である。
あのさあ、と狩野は言葉を続けた。
「中村さん、男に間違われたりしない?」
「……たまに」
「だよね。声もハスキーだし、背も高いし、遠目だと男みたいなんだよね」
「そうかな」
狩野は笑って続けた。
「どうせなら、男になっちゃえば?」
思わず笑ってしまった。
「無理だよ、そんなの。生物学的に」
「そうかなあ。俺、中村さんて男っぽいと思ううけど」
「女だよ。毎月出血するんだから」
「大変そうだね」
「……諦めた」
12歳の時に。
そっか、と狩野は言った。
「でも、もったいないよなあ」


物心ついた頃には、違和感を感じていた。
好きになるのは同性ばかり。友達は異性ばかり。
自分が本来あるべき筈の格好や行動には全く興味がわかなかったし、それを強いられるのが嫌だった。屈辱さえ覚えた。
七五三の記憶は思い出したくもない。
でも。
思春期に入ってから、自分が女であることを徹底的に思い知らされた。
諦めるしかなかった。
皆と同じように、女になるように努力するしか。
努力したし、今もしている。
自分を押し隠して何人か男と付き合ってみた。
でも、うまくいかないし、本当に好きになるのはいつだって女の子だ。男とは友人にしかなれない。
どうして女に生まれてしまったんだろう。
『男になっちゃえば?』
そう言われると揺れる。
彼等なら。
彼等なら受け入れてくれるだろうか?
ずっと言えずに来たけれど。
もしかしたら。




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