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さくさく、さくさく。
歩く度に足元から音が聞こえて来る。
枯葉が敷き詰められた歩道。
矢口歩(やぐち・あゆみ)は駅前の並木道を歩いていた。
学校ではいつも人に囲まれて過ごしているけれど、流石に最寄駅では独りになる。
歩にとっては実はその方が都合が良かった。
いつものように、足は駅前通りにある古本屋に吸い込まれて行く。
店の中を脇目もふらずに歩いて行き、足を止めた処は。
――BLコーナー。
知り合いは誰一人として知らない、歩の憩いの場である。
付き合っていた彼氏にも隠し続けた趣味。
学校では、歩はずっと女王様のような扱いを受けて来た。
昔から。
その派手な容貌と、人を仕切るのが好きな性格で、いつもクラスの中心にいたし、それが日常だった。
告白すれば落ちない男はいなかった。
1人を除いては。
しかもそいつは、よりにもよってクラスで一番目立たない地味な女の子と付き合い始めた。
悔しかった。
陰から女の子に嫌がらせもした。
でも。
そいつは何処からか前の彼氏とのトラブルを嗅ぎつけて来て、それをちらつかせた挙句、こう言った。
「佳乃(よしの)にこれ以上何かしたら、俺も容赦しないからな」
口をつぐむしか、なかった。


歩はBLコーナーの105円の本棚の前で、何を買おうか考えたのだが。
まずは立ち読みすることにして、1冊手に取って頁をめくり始めた。
読み終わると、また1冊。
こんな調子だから、バイトがない日であっても、帰宅はいつも夜中になる。
……そろそろ引き上げるかな。
そう思って立ち読みしていた本を戻し、購入する本を手に取ってレジに向かおうとしたところで。
人の視線を感じて振り返った。
「……!」
其処にいたのは。
普段は全く絡むことのないクラスメイト。
しかも、唯一振られた相手とその彼女と仲がいい、どちらかというと敵対的関係にあるボーイッシュな女の子。
――目が、合った。
歩は血の気がひいていくのが自分でも分かる程に動揺した。
……やばい。
とにかく、此処は、知らん顔して本をレジに持って行くしかない。
1歩、足を踏み出したのだが。
……あれ?
視界が、揺れた。

バタン!

「矢口さん?! 大丈夫?!」
遠くで彼女――中村須美(なかむら・すみ)の呼ぶ声が聞こえた気がしたが、歩はまもなく意識を失った。


目を開けると、其処には心配そうな顔をした中村須美の姿があった。
……此処は?
大体、私は何をしていたんだっけ。
その瞬間、記憶が甦り、歩は勢いよく起き上がった。
「あ、まだ駄目だってば!」
中村須美が止めにかかると、歩はまた頭がクラクラして倒れ込んでしまった。
「……急に起きたら駄目でしょう。貧血なんだから」
「此処は……?」
「店の事務室。矢口さん、ダイエットのしすぎなんじゃないの?」
姿形といい、声といい、まるで男の子のようだが、れっきとした女の子。
「身体、軽いんだもん、矢口さん」
「……え?」
と、いうことは。
此処まで運んでくれたのは。
「大丈夫ですか?! お客様?!」
其処へ、店員がやって来た。
歩はゆっくり起き上がった。
「あ、すみません。もう大丈夫です」
「良かった〜。心配しました〜」
店員は中村須美にも声をかけた。
「……あ、先程はどうも有難うございました」
いえ、と彼女が言うと、店員は言った。
「丁度、男性店員がいなかったものですから、お客様がこちらのお客様を此処まで運んで下さって助かりました〜」
……やっぱり。
でも、運んだ、ってどうやって?
歩の不思議そうな顔を見て、店員は言った。
「いやもう、お姫様抱っこで」
「……え?」
「お知り合いの方なんですよね? 先程、こちらのお客様からお聞きするまでは、てっきり彼氏さんかと……」
「は?!」
「だから、店員みんなで羨ましいって言ってたんですよ〜」
……違うっ、違うからっ!
だからこの人女だからっ!
頭痛がしてきた。
何で女にお姫様抱っこされなきゃなんないのよ!
ちらっと彼女の方を見ると、懸命に笑いを堪えているようだった。
……だったらやんないでよ!
心の底からそう思った。


店員が部屋を出て行った後。
「……有難う」
歩は彼女に言った。
「別に。お互い様だし」
彼女はサラッとそう言った。
……そう言えば。
「本……」
どうしたっけ。
歩が呟くと、彼女は鞄から2冊、本を取り出した。
「買っといた」
「え?!」
目の前に出された本は、先程買おうと思って手に取ったもの。
表紙といいタイトルといい、誰がどう見てもBL小説である。
「……い、いくら?」
「210円」
歩はまた意識を失いたくなったが、脇に置いてあった鞄から財布を取り出し、彼女に210円渡した。
「あ、有難う……」
きっと明日にはクラス中にこのことが広まっているに違いない。
今すぐに死ねるものなら死んでしまいたい。



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