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学校生活で大事なのは、人間関係で波風立てずに静かに過ごすこと。
私は、そう学んで来た。
それが引っくり返される日が来ようとは夢にも思わなかった。

あの日までは。


昼休み。
私は急いでお昼を食べて、図書館に向かった。三限の授業の関係で調べなければならないことが出来たからだ。
図書館に駆け込むと、開架の本棚を巡って、目指す辞書を見つけた。
ラルース大百科事典。
一冊を手に取り、頁をめくり、目的の項目をざっと読む。
とりあえずコピーだ。
コピー室は運良く空いていた。
百円を入れて、欲しいところをコピーして、辞書は元の棚に戻した。そして、空いている椅子に腰かけ、コピーを丹念に読む。
きちんと理解出来た訳ではなかったが、何となくイメージは掴めた。
これで大丈夫。
授業に臨める。
私は時計を見て、立ち上がった。


「神谷(かみや)さん」
同じクラスの狩野(かりの)君が後ろから走って来た。
学籍番号で彼は私の次で、席順が学籍番号順と決められている授業では、必然的に私の隣になるからか、時々話をしたりする。
「先週の、調べた?」
「一応…訳分かんなかったから、コピーはとって読んだけど…」
「分かった?」
「うーん、ぼんやりとは分かった気がするけど、説明は出来ない」
「俺、それ以下なんだけど。調べてもさっぱり分からない」
教室の前まで来たところで、クラス委員の矢口(やぐち)さんが友人取り巻き引き連れて、やって来たのに遭遇した。
「狩野君、先週の奴、分かった?」
「いや…」
私は狩野君を置き去りにしてさっさと教室に入って席についた。
矢口さんは学校では名の知れた美人で、常に取り巻きに囲まれている。狩野君の方も、背が高くて二枚目だ。二人が並ぶととっても絵になる。
しかも。
矢口さんが狩野君のことを好きらしいのは女子学生の間では公然の秘密だ。
君子危うきにより近寄らず。
私は自分の身が大事だ。矢口さんやその取り巻きに恨みをかいたくはない。
でも、矢口さん達には私は「狩野君が気安く話しかける相手」として認識されているらしく、そこはかとなく恐怖を感じるのは…気のせいだろうか。
とにかく。
この授業は席順が決まっていないので、数少ない友人の美弥(みや)ちゃんの隣、夏奈(かな)ちゃんと須美(すみ)ちゃんの前の席に座ることが出来た。
此処なら安全。
矢口さん達は狩野君の座る処の近くに陣取るに違いない。こうして友人に囲まれていれば狩野君は近くには座れないし、従って矢口さん達も近くに来ないという訳だ。
私は美弥ちゃんと他愛もない話をしながら、先生が来るのを待った。


四限は休講だった。
帰って行く美弥ちゃん達と別れて、私は再び図書館へ向かった。
先程の分かったようで分かっていない気がする調べものが気になっていた。
今日の授業でも引き続きその話が大半を占めていたので、ちゃんと分かるまで孫引きでも何でもしようと思ったのである。
本棚を見て、それらしき本は片っ端から手にとってぱらぱらめくった。
内容によってはルーズリーフに出典を明記して書き写したりまとめたり、コピーをとったりした。
それでも足りずに、閉架の書庫から本を出して貰って調べ続けた。
どれくらい時間が経ったのだろう。窓の外は暗くなっていた。
時計を見た。
あと三十分で閉館だ。
私の中には何とも言えない充実感があった。
此処で調べたお陰で、先生の話がようやく分かったからである。
本を片付けて帰ろうと立ち上がると目の前に。
「やっと気がついた?」
狩野君が座っていた。
「…いつからいたの?」
「四時頃からかな。あんまり夢中になっているから、声はかけずにいたんだけど」
「そう、なんだ」
周りにいた筈の人はいつの間にかいなくなっていた。


狩野君とは帰る方向が同じだった。乗る電車も同じ。
矢口さん達に見つかったらただでは済まないだろうと思いながら、そんな態度は露程も出さず、私は狩野君とくだらない話をしながら電車に乗った。
降りる駅まで同じだった。
話は尽きず、そのままマックに入って珈琲を頼んで話し続けた。
「…あのさ」
ふっと話が止んだ瞬間、狩野君が頬杖をついて、言った。
「何」
「神谷さんて、彼氏いるの?」
「いる訳ないでしょ」
いたら此処でこうして長々と喋っている訳がない。
「ふうん」
「狩野君はどうなの? いそうな雰囲気なんだけど」
「…いないよ」
「そうなんだ」
どうだか。二人や三人いるんじゃないだろうか。いなかったとしても、矢口さんが狙っているのは確かだから、そのうち矢口さんが彼女の座に就くことは間違いないだろう。
「あ、信用してないだろ?」
「うん」
信じられる訳がない。
「本当にいないんだよ」
「はいはい」
「いないんだってば」
「分かってますよ」
私はにこにこしながら言った。





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