3

こんなに綺麗に盛りつけられたものを食べる経験があまりないからだろうか。
それとも、単に家の外だからだろうか。
食べ終わり、鞄の中の文庫本を取り出す。
鞄には常に文庫本が1冊入っているが、狩野君が一緒にいるので、なかなか読めなくなっていた。
仕方ないので、本は家で寝る前に読んだりしている。
それが、今日は。
学校帰りに本が読める。
本の世界に思う存分浸ることが出来る。
文字を追い、頁をめくる。
その作業が意識的ではなくなると、次第に精神は現実から離れて行った。



時計を見ると、夕方だった。
「雲の色が黒いですよ」
支払いの際に、マスターが言い、私は慌ててお店を飛び出した。
家の最寄駅に着いた頃には雨がぽつぽつ降り出した。
自転車置場まで走り、自転車を引き取って急いで走り出す。
駅前を抜け、いつもの道を一目散に漕いでいたのだが、少し降りが強くなって来た。
そこで、軒下の広いカラオケ屋で自転車ごと雨宿りをすることにした。
まもなく、バケツをひっくり返したような大雨になった。
……あのまま走らなくて良かった。
しみじみ思っていると、空が突然光った。
――雷。
私はそんなに雷が苦手ではない。
子供の頃、自転車に乗っていて、遠くでゴロゴロいってるなと思っていたらいきなり付近の灯りが全て消えたのは怖かったが、光ってもゴロゴロいうのも結構大丈夫だったりする。
暫くしてから音が鳴った。
……遠いから大丈夫だな。
雨さえ止めば、家まで帰れる。
そんなことを呑気に考えていると、また光った。
そして、また時間をおいて音が鳴る。
雨は相変わらず降り続け、一向に止む気配はない。
……また光った。
それから、音が鳴ったのだが。
……あれ? 音、大きくなってない?
嫌な予感がした。
もしかして、近づいてる?
稲光。
――そして。
耳をつんざくような音がした。
「きゃああああっ!!」
私は耳を塞いで、身を屈めた。
……どうしよう。
此処はお店の軒先。
地面よりも高いと言えば高いかも知れないが、地面と同じと言えば同じ。
確か、地面よりも高い場所ではないと危ないのではなかったか。
……どうしよう。
空が、また光った。
反射的に耳を塞ぎ、身体を縮ませた。
――怖い。
同じ軒下に誰かが雨宿りに来た気配を感じた。
この大雨の中を傘をさして歩いていたのだろうか。
確かに雨合羽を着て自転車に乗る人がたまに通り過ぎて行くけど、あれは無謀だと思う。
――そして、また。
耳の奥まで突き刺さるような、大きな音。
「きゃああああっ!!」
「佳乃!」
誰かが私の身体を抱き止めてくれた……気が。
……え?
そっと耳から手を離し、周りをよく見てみると。
「佳乃、大丈夫?」
頭上で狩野君が笑っている。
何で此処にいるのかと問う間もなく、また稲光を感じとった私は耳を塞いで狩野君の腕の中で身を強ばらせた。
――雷鳴。
彼は音が鳴り終わるまで、何も言わずに私を強く抱き締めてくれた。



少しすると、雷の音が小さくなり、雨も小降りになって来た。
私は、狩野君に引き摺られるように道路の向かいのファミレスに移動した。
「此処で雨宿りしてたら、佳乃が向かいのカラオケ屋にいるのが見えたからさ」
窓際の席に落ち着くと、狩野君は言った。
彼の手元には中身が半分くらいの、烏龍茶らしきグラスがあった。
私はというと。
……メニューを開く手が震えている。
耳はまだ大きな音に驚いたままだ。
深呼吸をしてから、テーブルの上のボタンを押して店員さんを呼び、ドリンクバーを注文する。
「声、震えてるよ。コップ落としかねないし、俺が持って来ようか?」
狩野君がそう申し出てくれたが、首を振り、立ち上がった。
ドリンクバーのコーナーに行き、硝子のポットをとる。
カモミール、と書いてある広口の硝子瓶を手にとり、スプーン2杯の茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
小さなトレイに硝子ポット、カップとソーサーのセットを載せて、ゆっくり席に戻った。
もう一度深呼吸をして、ポットのお茶を慎重にカップに注ぐ。
そして、カップを取り上げ、お茶を飲む。
一口飲んで息を吐き出し、次は一気に飲み干した。
2杯目をカップに注ぎ、また口に含む。
半分くらい飲んだところで、カップを下に置いた。
「……大丈夫?」
狩野君の言葉に私は頷いた。
「――何で此処にいたの」
そう尋ねると、彼は笑った。
「佳乃の家行った帰りだったんだよ」
学校から消えた私を探して家に行ったのだが、誰もいなかったので引き返して来たのだという。
「行きつけの本屋とか図書館とかネットカフェとか行ったんだけどね〜、見つからなかったから最終手段」
……アンタはストーカーか。
「ま、罰ゲームどころの騒ぎじゃなかったみたいだけど」
悪戯っぽく笑う。
「……ごめんなさい」



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