2

言い返そうとして、喉の奥で言葉が止まった。
……怖い。
背中に汗が流れる。
「大丈夫だよ、佳乃」
狩野君が苦笑いしている。
「今日はもうしないよ」
耳元で囁く。
その言葉に、私はほっと息をついた。


翌日。
朝いつも通り登校してみたら、1限は休講の掲示が出ていた。
「佳乃っ、遊びに行こうっ」
隣を無視して私はくるりと背を向けて歩き出した。
「佳乃〜、図書館じゃあイチャイチャ出来ないからやだよ〜」
そう言いながらも追いかけて来る。
「独りで遊びに行って来ればいいでしょ? 私は雅明と違って今から宿題やらなきゃ間に合わないし」
そう言って振り返らずに私は図書館の中へ入って行き、いつものように閲覧の為の席に座り、ノートやらテキストやらを広げた。
狩野君も隣に座り、顔を横向きにして机に押しつけ、恨めしそうにこちらを見ている。
……鬱陶しい。
「俺も佳乃のノートになりたい」
うるさいな。
「佳乃ぉ〜っ」
かまっている場合ではない。
私は無視してノートに書き込みを始めた。
隣はすぐに静かになり、宿題をやるにはいい環境だった。
いつしか夢中になっていると、1限の終わりのチャイムが鳴った。
……やれやれ。もう時間か。
私はテキストとノートと筆記用具を鞄に突っ込み、ふと隣を見た。
――寝ている。
気持ち良さそうに、熟睡している。
叩き起こそうとして――やめる。
その代わり、そっと頭を撫でた。
……起きてくれないかな。
授業、行かなきゃいけないんだけど。
必須だし、出席厳しいし、先生は早く来るから、もう教室に行かないと。
「雅明、起きて」
そっと声をかけると、狩野君はゆっくりと目を開けた。
「――眠い」
「1限の終わりのチャイム、鳴ったよ」
「ああ、そうだ2限――」
狩野君は起き上がり、欠伸をした。
私は立ち上がり、鞄を手に取った。
「ああそうだ、佳乃」
「何?」
「目覚めのちゅーして」

バシッ。

私は即座に鞄で殴った。
ふざけるにも程がある。
後ろで何やら喚いている狩野君を置いて教室に向かったのは言うまでもない。


2限の授業が終われば昼休み。
学食にはいつものメンバーが揃う――筈が。
「あれ? 須美(すみ)ちゃんがいない……」
私が首をかしげると、美弥ちゃんが言った。
「須美ちゃんは――あそこ」
指差した先には、須美ちゃんと。
「……矢口さん?!」
夏奈(かな)ちゃんは目を見開き、私は口を押さえた。
矢口さん。
クラスの中心的存在で、大学内外にファンがいる程の美人。
女の子の取り巻きも多いけれど、男性関係も派手で噂が絶えない。
狩野君に片想いしていた筈だ。
……振られたけど。
そんな諸々の経緯のせいで、私達とは殆ど接点はない。
須美ちゃんだって同じ筈だ。
それが、何故か。
須美ちゃんと矢口さんが2人で仲良くお昼を食べている。
須美ちゃんは女子だけれど、背が高くてよく男の子に間違われる程ボーイッシュだし、矢口さんは誰が見ても美人。
2人が並ぶと、まるで少女漫画に出て来そうな美男美女のカップルに見える。
「……あの2人、仲良かったっけ?」
狩野君が呟いたのも無理はない。
宮部君や鈴木君も首をかしげている。
ところが。
「いいじゃないの。仲良しなのはいいことよ?」
美弥ちゃんはにこにこ笑っているが、夏奈ちゃんは怒り気味だ。
「だって、美弥ちゃん……この前、佳乃ちゃんが矢口さん達に嫌がらせされたのに」
「済んだことでしょう? ね、佳乃ちゃん」
私は複雑な思いで頷いた。
「須美ちゃんは大丈夫よ。それより、お腹空かない? 御飯食べよう」
夏奈ちゃんは尚も言いたそうにしていたけれど、美弥ちゃんに促されてお弁当の蓋を開けた。
美弥ちゃんは須美ちゃんと特に仲がいい。
だから事情を知っているのかも知れない。
「立花さん、何で中村が矢口と仲がいいの?」
狩野君が興味津々で美弥ちゃんに尋ねたのだが。
「さあ……気が合うからじゃない?」
ふわあっと微笑まれると、さしもの狩野君でさえそれ以上のことは言えなかった。
……後で須美ちゃん本人に聞こう。
誰もがそう思ったに違いなかった。


とは言うものの。
3限の授業は学籍番号順の席で、しかもギリギリまで須美ちゃんは教室に来なかったので誰も聞けず、授業が終わった途端に彼女はバイト先に飛んで行ってしまい、誰も須美ちゃんとは話が出来なかった。
メールで聞くのも聞き辛いし、かと言って取り巻きに囲まれている矢口さんに聞くのも無理で。
美弥ちゃんは相変わらず微笑むだけで答えてくれない。



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