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色んな意味で鬱陶しくて暑苦しい夏休みは終わり。
後期の授業が始まった。
私は正直、ほっとしていた。
狩野(かりの)君と1日中一緒なのは、時々苦しいこともあったからだ。
何と言うか……その。
苦しい、というと語弊があるかも知れない。
楽しいこともあるし、嬉しいこともある。
でも、泣きたくなったりすることもあるし。
……何だかよく分からないけれど。
そんな訳で、美弥(みや)ちゃん達と一緒に行動出来る時間が出来て、嬉しかったのだ。
また、日常が帰って来た。
そう、思った。


「海、行ったの〜?」
美弥ちゃんはにこにこして言った。
「流石、狩野君。佳乃(よしの)ちゃんを海に連れて行けたのって、凄いことだよ?」
「でしょ〜?」
「佳乃ちゃん、海とか苦手なのにね」
「そりゃあ、俺だもん」
……調子に乗るなっ。
睨んでも奴には全く効果はない。
「今度は遊園地ね。ディズニーランドとか」
「うーん。ディズニーランドはまだ難しいかなあ」
「佳乃ちゃん、行列とか人混みとか苦手だもんね」
「俺はいつでも行きたいんだけどね〜。佳乃の目に俺しか映らなくなって、人混みが気にならなくなればね……」
……ある訳ないでしょ、そんなこと!
「大変だね、狩野君」
「大変だよ。全く佳乃ときたら、未だにちゅーも……」
「狩野君っ!!」
私は真っ赤になって怒鳴った。
「あ、怒った」
当人は少しも動じない。
「嫌だな〜佳乃。立花さん相手に嫉妬しなくっても、俺は佳乃一筋だって言ってるでしょ〜?」
「そうじゃなくてっ! デリカシーってものがないの?! あなたには!」
「佳乃っ」
……何だそのニヤついた顔は。
「……後で苦しいの1回ね」
「何で?! ――あっ」
まずい。
非常に、まずい。
「何なら此処でもいいけど〜?」
「嫌ですっ」
……私をいじるのはそんなに楽しいか。
睨んでも効果がないのは分かっていて、それでも睨まずにはいられない。
「狩野君、あんまり佳乃ちゃんをいじめないでよ?」
美弥ちゃんはふわっと間に入ってくれた。
「ええっ? 俺はいじめてないよ?」
「狩野君。程々にね」
ものには限度というものもあるしね、と美弥ちゃんは笑いながら続けた。
「……俺、立花さんは敵に回したくないからなあ」
狩野君は頭に手をやった。
……美弥ちゃん、有難う。
私は美弥ちゃんに心の底から感謝した。


その日はバイトだった。
といっても学校の掃除。
夕方から夜にかけてのバイトなので、私はいつものように図書館で暇を潰した。
珍しく独りだったのは、狩野君も急にバイトが入った為、講義が終わるとすぐに帰ってしまったからだ。
……変な感じ。
身軽と言えば身軽だけど、何か違和感がある。
狩野君がいつもいるのが当たり前だからだろうか。
時間が来たので、掃除に行く。
講義室の黒板拭きがメインの仕事だが、意外ときつい。
チョークの粉が舞う。
黒板拭きと床掃除を数人の学生バイトが各教室を分担して回る。
仕事が終わる頃には外は真っ暗になっていた。
校門の手前に来たところで、人影が私の行く手を遮った。
「佳乃、お疲れ」
狩野君だった。
「バイトは?」
「終わった」
「そうじゃなくて。だって……」
狩野君のバイト先は家の最寄駅の側だ。
つまり、わざわざ学校に戻って来たことになる。
「だって、外は真っ暗だし、物騒でしょ」
私の手を引いて、歩いて行くのはいいけど。
――校門から逸れて行くのは何故だ?
学校の敷地の回りをぐるりと囲む塀。
背の高い木も植えられている。
狩野君は歩みを止めて、振り返る。
「――ペナルティーがまだだったからね」
「ペナルティー?」
何の、と問いかける前に、狩野君の両手が顔を包む。
何かを探るように。
「……まさか」
呟いた瞬間。
頭は真っ白になった。


「大丈夫〜? 佳乃」
手をひかれて駅まで歩く。
私の顔は真っ赤になっているに違いない。
「だ、大丈夫……」
そう答えるのがやっとだ。
「今度から苦しいやつやる時は佳乃のバイトの後にしようっと」
……あれは苦しいやつだけじゃなかった気がするけど。
あちこち撫で回されて。
服とか髪とかぐしゃぐしゃになるし。
思い出すのも恥ずかしい。
夜道を独りで歩くより、コイツと一緒にいる方が物騒なのは間違いない。
それよりも。
何なんだ、狩野君のこの機嫌の良さは。
「やだな〜、佳乃っ。誰しも食欲と睡眠欲と性欲はあるんだからさ〜、そんな恥ずかしがらなくっても」
「うるさいっ」
私は狩野君をひっぱたいた。
「佳乃、今度、家に泊まらない?」
「泊まりませんっ!」
「何で〜?」
「何でもっ!」
「何もしないからさ〜」
「あ、暑苦しいから嫌!」
……この男が、何もしない訳がないじゃないの。
「まあ、何もしないなんてことはないよね」
口調が変わる。
「覚悟しといて、佳乃」
さらっと言って笑う。



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