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嗚呼。
どうしてまだ夏休みが終わらないんだ!
夏休みである以上、私の図書館通いは続いており、よって狩野(かりの)君に一日中張り付かれる日も続いていた。
閲覧コーナーのいつもの席。
私は隣をなるべく意識しないように、ひたすらレポート用紙に向かう。
「……」
今日は沈黙が多い。
いつもは駄目出しやら茶々やら、とにかく何か喋っているのだが、何故か今日、隣は黙ったままだ。
そして、視線は常に私に向けている。
……鬱陶しいなあ。
熱を感じる。
図書館の中は冷房が効いていて涼しい筈なのに。
……暑い。
ちらっと横を見れば、にっこり笑ってくれるのだけれど。
不快ではない。
不快ではないのだが、妙に落ち着かない気分になる。
……変なの。
レポート書きに集中出来ず、私はついに狩野君に顔を向けた。
「何か、あったの?」
「……別に」
彼はにこにこと笑っている。
「今日、静かだよね」
そう言うと、彼は頷いて、言った。
「佳乃を見てた」
見てるのは分かったけど。
「あんまり可愛いから、今日はず〜っと見てようと思って」
真っ赤だよ、と言って私の頬に手を伸ばす。
「信号機だね、佳乃の顔は」
仕方ないでしょ!
自分では止められないんだってば!
悪態をつこうとすると。
ゆっくりと顔が近づいて、そっと唇が触れて、離れる。
「……逃げなくなったね、佳乃」
逃げたい気持ちと、その場から動けなくなる身体。
いつだってせめぎあってはいるけれど。
「……動けないだけ」
「知ってる」
そう言って、笑う。
「佳乃は本当に可愛いね」
私の顔ははますます赤くなり、慌ててレポートに向き直った。
その様子を見て、狩野君はまたクスクス笑った。
……やっぱり私は玩具か。


人知れず、想っていた。

彼女の印象は今とほとんど変わらない。
誰にも染められず、綺麗なまま。
こうして、手で触れられる所にいるのが今でも信じられない。
顔を赤くしている彼女の横顔を見ながら、雅明はそう思う。

――あの頃。

あの頃、に思いを馳せる。


電車のドアが閉まる寸前、雅明は車内に駆け込んだ。
途端に、『駆け込み乗車は危険です』というアナウンスが流れる。
……仕方ないだろ、これに乗らなきゃ間に合わねーんだから!
自分の寝坊を棚に上げて、そんなことを考える。
受験生は、何しろ忙しいのである。
学校に行き、塾に行き、女のところに行き。
睡眠時間は家ではほとんどとれず、結果、学校に行くのはいつも遅刻スレスレ、行っても教室で寝る羽目になる。
今日は3時間目からだと思ってつい油断したら……やはりギリギリになってしまった。
電車はこの時間だと流石に席が空いている。
雅明はロングシートに腰を下ろした。
ふと目を上げると、前には雅明の学校の近くの高校の女子学生が座っていた。
制服はネクタイもきっちりで全く崩れておらず、鞄には何の飾りもなく、黒髪を2つに結んでいる。
楚々として。
じっと下を向いている。
この時間に登校するということは、雅明と同じで3年か、もしくは。
――遅刻したか。
彼女の様子を見るに、寝坊して遅刻確定なのではないかと、雅明は思った。
……何にせよ。
彼女のような人種は、雅明とは絶対に接点がなさそうだった。
昔から、近くにいる女は皆、派手なタイプばかりだったこともあり、大人しめの地味な女子は苦手だった。
次の駅。
彼女はすっくと立ち上がって、電車を降りて行った。
凛として。
綺麗だなと思った。


数日後。
雅明は珍しく早い時間に地元の駅に降り立った。
塾は休み、デートはドタキャンされ、時間が空いたのである。
たまには早く家に帰って昼寝でもしよう、と思いながら、ホームを歩き出すと、前方を歩いている女子学生が目に入った。
その姿には見覚えがあった。
……あの子だ。
雅明は思った。
後について改札を抜け、階段を下りて駅前に出る。
別について行きたくはないのだが、方向が同じだから仕方ない。
そのうち、彼女の姿は図書館へと吸い込まれて行った。
――しかし。
自分までつられて図書館に入ったのは何故なのか。
用もないのに。
……ストーカーか、俺。
雅明は思わず苦笑した。
たまには地元の図書館をうろつくのもいいか、と本棚を巡っていると、文庫本のコーナーで彼女を見つけた。
彼女はじっと本棚を眺めていたが、意を決したように、背伸びをして指先で本を取ろうとした。
天井まで続いている大きな本棚だった。
その本は脚立に乗るほど高い位置にはないが、彼女の身長では手が届くギリギリの所にあった。
雅明は後ろから近づき、さっとその本を取って、彼女に手渡した。
「どうぞ」
彼女は驚いたのか呆然とし、次の瞬間、「すみません」と言って頭を下げ、逃げるように其処を離れて行ってしまった。
……可愛いなあ。
雅明はクスクス笑った。




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