2

次の日私は、狩野君が待っている駅には行かなかった。
暑いのを承知で、家にいた。
自分の部屋の机に向かって、片手に団扇を持って課題に取り組む。
携帯の電源は朝から落としてある。
家族はみな出かけてしまい、家にいるのは私1人。
静かだが、なかなか集中出来ない。
……ああもうっ。
何なのよ、一体。
昨日見た映像がちらつく。
胃もむかつく。
いらいらと頭を振って、課題を続けたのだが、どうもうまくいかない。
腹が立つ。
狩野君が女の子と一緒に花火大会に行ったって、私には関係ない。
私は狩野君にとっては単なる遊び相手に過ぎないんだから。
花火大会は好きじゃないし。
死んだってあんな所には行きたくない。
人が多いばかりで、行っても疲れるだけだ。
それに。
今はそんなこと考えてる場合じゃないの! 課題よ、課題!
頭の悪い私は今からやっておかないと間に合わないんだから。
集中、集中。
……そう言えば、何だか楽しそうだったな。
当たり前か。
好きな人と好きな所に行くんだから。
暇つぶしの私が相手じゃないし。
レポート用紙にポタポタと涙が落ちる。
いいんだ、もう。
狩野君には会わない。
顔を見たら平静ではいられない。
笑えない。
ただ辛くなるだけだから。
私は課題を続けられなくなって、突っ伏した。
涙は後から後から湧いてきて、止まらなかった。
声も出ない。
悲しかった。


――その時。
ピンポーン、と玄関から音がした。
慌てて涙をふいて、玄関まで行き、ドアの覗き穴を覗いた。
……何でいるの。
ドアの外には、昨日女の子と花火大会に行った筈の奴が立っていた。
咄嗟に、居留守をつかおうと思った。
私はドアを開けずにそのまま玄関に留まった。
『……佳乃』
声が、聞こえた。
私は動かなかった。
そのうち、人の気配は足跡と共に遠ざかって行った。
覗き穴でいなくなったのを確認してから、そうっと細くドアを開けてみた。
……良かった、いない。
「いるなら早く出てよ」
「?!」
開けたドアの向こうから、狩野君がひょこっと顔を出した。
「全く。駅にはいないし、学校にもいないし、携帯は繋がらないしさ〜。中村に電話して住所聞いちゃったよ」
「……」
呆然としているうちに玄関の中に入って来て、ふわっと抱き締められる。
「連絡つかないし、事故にでも遭ったのかと思ったよ」
責める口調は全くなくて。
優しい声。
……でも、もう駄目。
私は狩野君の腕から離れた。
「……佳乃?」
「もう、いい」
下を向いて、小さな声で言った。
でないと、また泣いてしまいそうだった。
「……佳乃、泣いてたの?」
はっと顔を上げた。
「目が腫れてる」
狩野君の右手が私の頬に触れようとして、私の腕に阻止される。
「……何があった?」
私は懸命に首を横に振った。
「佳乃、言って」
「……何でも、ない」
「嘘つけ。何もないのに泣く訳ないだろ」
私は首を横に振り続けた。
狩野君がまた私に手を伸ばして来たのも、拒んだ。
すると。
物凄い勢いで腕を引かれ、私がよろけて前に倒れそうになったところを、抱き締められた。
強い力で。
「離してっ」
「理由聞くまで離さない」
「離してっ!」
悲鳴を上げそうになった瞬間。
強制的に口を塞がれた。
やめて、と叫びたくても叫べない。
後頭部は押さえつけられていて身動きもとれない。
息が、出来ない。
苦しい。
気が遠くなる。
「……佳乃。鼻で息しないと死ぬよ」
気を失いかけた私は、もはや反論する気力も体力もなかった。
「何で泣いてたか、言う気になった?」
にっこり笑う。
「……こんなこと、私にしてたら、彼女が怒るんじゃないの」
呼吸を整えながら、虚ろな目でそう言うと、狩野君の顔が明らかに変わった。
……怒ってるのか、もしかして。
「花火大会、行ったんでしょ」
あの綺麗な浴衣姿の女の子と。
「駅に向かって歩いてたじゃない」
狩野君は溜息をついて、言った。
「確かに駅前は歩いてたけどね」
やっぱり。
「偶然、元カノと会ったから、駅まで歩いたけど、向こうはちゃんと駅で男が待ってたよ」
……元カノ?
「高校の時。あっちは大学で、今は社会人だよ」
……年上。
「全く。駅まで送れって言うから送ったのに、待ってた男にぬけぬけと俺を弟だって言ったんだよ? 信じらんないよ」
……そう、なんだ。
「おまけに佳乃には誤解されて泣かれるしさあ、あんな疫病神とはもう会いたくないよ」
狩野君は心底嫌そうな顔をした。
「俺、今は佳乃だけだから」
珍しく真面目な顔つきで。
「彼女は佳乃なんだよ」
「……」
「だから、彼女と歩いてた、とか言うなよ」
「……ごめんなさい」
「もう泣くな、佳乃」
狩野君がそっと涙をぬぐってくれる。
優しく抱き締めてくれる。
それだけで、悪夢は吹き飛んで行くような気がした。
「佳乃」
「何」
「さっきのもう1回やっていい?」

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