3

立花さんも中村も佐藤さんも皆そうだよ、と狩野君は言った。
……そう、かな?
狩野君が私の頭を撫でる。
「……有難う」
私は下を向いて小さい声で呟いた。
何で礼を言ったのか、自分でもよく分からなかった。
でも、私の発した僅かな言葉は確実に狩野君には聞こえていたようだ。
なぜなら。
狩野君が私を優しく抱き寄せて、
「どういたしまして」
と、囁いたから。


手を繋いでゆっくり歩く。
海辺からまた元来た道を戻って行く。
誰かと一緒に歩くことが、どうしてこんなに幸せなのだろう。
不思議だ。
協調性とか集団行動という言葉は私には無縁だったのに。
何でだろう。


「……佳乃、着いたよ」
気がつくと、バスは駅に着いていた。
私は狩野君の肩にもたれて眠ってしまっていたらしい。
ごめんなさい、と言うと、俺も寝てたから、という言葉が帰って来た。
……狩野君が居眠り?
珍しい。
証拠写真でも撮っておくんだった。
そう思いながらバスを降りると、狩野君が携帯を取り出した。
「学校じゃあ絶対に見られないからね」
にやにや笑って私に画面を見せる。
「……何これっ?!」
これは。
――私の寝顔じゃないかっ!!
「これは保存版でしょ」
「消してよっ、酷いからっ!」
「だーめっ。これは写メで……」
「ちょっとやめてよっ! 何で勝手に撮るのっ!」
「そんなの佳乃が寝たのが悪いんだろ〜」
「酷いっ!」
私は真っ赤になって怒り、狩野君はずっと笑っている。
「駄目だよ〜、こ〜んな可愛い顔で寝たらさ〜」
「何処が可愛いのよっ! 恥ずかしいったら! ちょっと貸してよ、その携帯!」
「駄目〜」
「貸してったら!」
「やだよ〜」
「貸してっ!」
背の高い狩野君から携帯を奪うことなど出来る訳もなく。
「これ待受にしようっと」
「絶対駄目っ!」
こんなの他人に見られたら……。
何とかしてその画像は消さねば。
「携帯のデータ消したって駄目だよ〜。俺、さっきパソコンに送っちゃったもん」
「……何だって?!」
顔面蒼白。
絶対絶命。
四面楚歌。
「佳乃、忙しいね〜。赤くなったり青くなったり。信号みたいだね〜」
……くらくらしてきた。
さっきまでの幸せな気分は何処へ行った?
うっかり気を許したのが間違いだった。
私はくるりと狩野君に背を向けて駅に向かって歩き出した。
「ちょっと、佳乃?」
無言で切符を買い、改札を通る。
「佳乃っ」
狩野君が後からついて来る。
「佳乃、悪かったっ。悪かったってば」
「知らないっ」
「だってあんまり可愛かったんだもん」
「何も無断で撮ることないでしょ?!」
「だっていちいちことわってたら、寝顔なんか撮れないじゃん」
「撮るなっ、馬鹿っ!」
「また赤くなってる」
「うるさいっ!」
誰のせいだ、誰の!
私の顔を見て、また狩野君は笑い、それを見て更に私は赤くなる。
ひとしきり笑ってから、狩野君は私の耳元に顔を寄せた。
「誰にも見せないから大丈夫」
「……」
「そんなに信用出来ない? 俺が」
「……あんまり」
狩野君は苦笑いする。
だって自分に都合の悪いことは聞かないじゃない。
私をからかってばかりだし。
玩具と勘違いしてるんじゃないだろうか。
「そんな顔するなよ〜。見せる訳ないだろ、こんな可愛いの。佳乃に変な虫がついたらどうすんだよ」
……つきませんよ。狩野君みたいにもてる訳じゃないんだから。
そして、思った。
もうコイツの前では絶対に眠らない、と。


電車の窓の景色は少しずつ変わって行く。
車内はガラガラで、乗客は私達を含めて数人だった。
私はボックス席でじっと景色を眺めていた。
右の肩が重い。
狩野君が私に寄りかかって呑気に寝ているからだ。
……しょうがないなあ。
溜息をひとつついて、再び窓を見る。
「……佳乃ぉ」
横を見た。
しっかり寝ている。
……寝言か。
あれ?
狩野君が、寝言?
「嘘ぉ……」
もう一度見てみたが、やはり眠っている。
寝言なんか言うんだ、このヒト。
そんなイメージなかったんだけどな。
皆、びっくりするんじゃないだろうか。
大体、人前で寝るイメージもないけど。
でも。
此処は、復讐するしかあるまい。
私は鞄から携帯を取り出して、狩野君にレンズを向けた。

カシャッ。

……撮れた、撮れた。
私は笑いを堪えて、携帯を鞄にしまった。
あの画像を他人に見せるようなことがあったら、これをばらまいてやる。
これで安心。
ほっとしたらお腹が空いて来た。
お昼はとっくに過ぎている。
……駅で何か食べるか買うかすればよかった。
怒りでそんな頭は回らなかったけど。
戻ったらマックかな。
そんなことを思いながら、頬杖をつく。
今頃、皆、何をしているのかな。
美弥ちゃんはお姉さんのいるバンコクで家事に精を出している気がする。
須美ちゃんはきっとバイト三昧。


[ 13/28 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -