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こうして、夏休みのある日、私にとっては試練の1日を迎えることになったのだった。


そして、試練の日。


朝から不安でいっぱいだった。
私は何処に行くのか何も聞いてない。
狩野君に言われたのは、
「明日は10時に駅の改札だからね〜」
この一言だけ。
何処に行くのかくらい教えてよ、と聞いても笑って誤魔化され、結局ヒントもなかった。
胃が痛い。
駅前の自転車置き場に自転車を止めて、駅へと歩き出す。
時間ぴったりに駅に着くと、狩野君が待っていた。
「――佳乃、逃げるかと思った」
開口一番、そんなことを言う。
確かに、体調不良を言い立ててすっぽかすことは考えたけど。
でも。
「じゃあ、行くよ」
切符を渡されて、改札を通る。
……何処に行くんだろう?
切符の額面を見たけれど、何処に行くのか見当もつかない。
不安で頭がいっぱいになった時、狩野君が私の手を握った。
「……?」
いつもと繋ぎ方が違うような……。
「……!」
1本1本の指が絡んでいる。
いつもは私の手をすっぽり包むように握っているのに。
「……何処に、行くの?」
駅のホームに降りてから、私は狩野君に尋ねた。
「内緒」
狩野君はにこにこと笑って言った。
「怖いんだろ? 佳乃」
余ってる右手で頭を撫でる。
「……別にっ」
「嘘つけ。全く、怖いなら怖いと何で素直に言わないかなあ」
「怖がってませんっ」
ならいいけど、と狩野君は言った。
怖いんじゃないもん、何処に行くのか分からなくて不安なだけだもん。
お腹の中でそう呟く。
ふわっと暖かい手が頬に触れた。
見上げると、狩野君が苦笑いしている。
「大丈夫だから。佳乃の嫌な所には行かないよ」
「……」
信用出来ない。
「泣きそうな顔してるし」
そんなことないもん。
「俺、そんなに信用ないか?」
「……ない」
そう言うと、狩野君が私の肩に頭を寄せた。
「頼むからそんな顔するなよ。俺、物凄く悪いことしてるみたいじゃん」
……狩野君。
「せっかく佳乃も気に入りそうなところに連れて行ってあげようって思ったのに……」
声が、震えてる。
いつも強気な狩野君が。
泣いてる? もしかして。
「……分かったっ! 行くからっ!」
「――本当?」
「行きますっ」
「それは良かった」
顔を上げた狩野君はにっこり笑った。
……泣いて、ない。
「効果絶大だなあ」
「うるさいっ!!」
「今度から佳乃が言うこと聞かなかったら泣き真似しようっと」
私は顔を真っ赤にして、狩野君の頭をはたいた。


電車に揺られて1時間半。更にバスで数十分。
終点で降りたのは私達だけだった。
狩野君は私の手をひいて、バス停から歩き始めた。
……何処だろう、此処は。
まもなく人家は途絶え、道の両側に木が生い茂る坂道に差しかかった。
ふうわりと風が潮の匂いを運んで来た。
「海……?」
そう呟くと、狩野君がにっこり笑った。
「そうだよ」
坂道を登りきると、眼下に砂浜と海が広がっていた。
……綺麗な海。
正直に言えば、私は海よりも山の方が好きだ。多分、水泳が苦手だったことが影響している。
でも。
本当に綺麗だと思った。
人気のない砂浜へと下りて。
ゆっくりと波打際まで歩いて行く。
青い空。
白い雲。
青い海。
「綺麗……」
私が思わず口にすると、狩野君が言った。
「海も捨てたもんじゃないだろ」
確かに。
打ち寄せる波の音を聞きながら、私は飽きずに海を眺め続けた。
空や海に吸い込まれて溶けていくような感覚。
「佳乃」
ぐい、っと右手を引っ張られた。
「濡れるよ」
「え?」
私は無意識に海へと歩き出していたらしい。
靴の爪先に触れる寸前のところまで波が来ている。
「危ないなあ。佳乃を独りで海に行かせたら大変だよ。服のまま海に入ろうとするんだから」
狩野君はにこにこ笑う。
「あ、有難う……」
感覚のほとんどは海に持って行かれているのに、右手だけは現実に繋ぎとめられている。
狩野君の大きな手の温もり。
消えることのないその感覚。
此処は安心できるから。
……あれ?
安心?
狩野君の側が?
私をからかって遊ぶコイツの側が?
まさか、ね。
そんな訳、ない。
私は苦笑いして首を振った。
「何笑ってんの」
「別にっ。ただ単に自分の馬鹿さ加減を呪っただけっ」
「佳乃は抜けてるしボケてる時もあるけど、馬鹿じゃないとは思うけど」
「抜けてる……?」
「マミムメモのマ行のマの字が抜けてんの」
「マヌケって言いたいのっ!」
「そうだよ〜」
「うるさいっ!!」
狩野君は大笑いしているのと反比例して私は真っ赤になって怒鳴った。
……悔しいっ。
どうしていつもこうなるんだ?
たまには狩野君にギャフンと言わせたい。
……ああ私にも美弥ちゃんのような頭があれば。
ふわりと狩野君の手が頭に降りて来た。
「そういうとこがいいの、佳乃は。俺だけじゃないし、そう思ってるのは」



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