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怒涛の試験期間が終われば、いよいよ夏休み。
最近始めたばかりの学校の掃除のアルバイトも、夏休みに突入すれば自然と休みになる。
今年の夏も、暑い家を脱出して、涼しい図書館でのんびり過ごそう。
後期の初めにレポートの〆切がある科目もあることだし。
「佳乃(よしの)〜花火見に行こうよ〜」
読みたい本も沢山あるし。
「あ、ディズニーランドもいいなあ〜」
最近、美弥(みや)ちゃんの影響で漫画も読むようになったから、読みたい漫画も沢山出て来たし。
「じゃあ、プールだ! あっ、やっぱり海がいい?」
図書館に飽きたら古本屋さんに行けばいいし。
「佳乃ぉ〜」
「行かない」
私は狩野(かりの)君の言葉をばっさり切り捨てた。
「そんな宿題ばっかやったり、本ばっかり読まないでさあ、たまには出かけようよ」
「暑いから嫌」
「プールは?」
「焼けるから嫌」
学校の図書館で課題を広げている私の隣で、狩野君は情報誌のチェックに余念がない。
「そんなに行きたいなら、他の人と行ってくればいいでしょ」
「佳乃、冷たい」
「私は遊園地も海もプールも花火大会も別に行きたくないもの」
「……佳乃、苦手なんだろ?」
「何が?」
「遊園地は多分並ぶからだろ? 海とかプールは泳ぐの苦手で、花火大会は混んでるのが嫌なんだろ?」
「……分かってるなら言うだけ無駄って思わないの?」
「苦手分野は克服しなきゃ」
狩野君はにこにこと笑っている。
「行こうよ〜、佳乃」
「嫌」
「行こうよ〜」
……何でそんなに顔を近づけるのよっ!
心臓に悪いっ!
多分、私の顔は真っ赤になっているんじゃないだろうか。
不整脈でも起きたらどうするんだ。
「じゃあ映画は?」
「……見たいのがない」
「俺が見たいの」
「独りで行けば」
「佳乃が一緒じゃなきゃ嫌だ」
……子供か、アンタは。
「行こうよ」
「……!」
私の耳元で囁く。
「俺は佳乃と行きたいよ」
それ……やめて。
耳元で囁くのは。
心臓に物凄く悪いっ。
でも。
ここで負けたら狩野君の思うツボ。
私は顔を真っ赤にしたまま、行きません、と言った。
もはや目も合わせられない。
やれやれ、と狩野君は苦笑して、大きく伸びをした。
「強情だなあ」
「強情だもんっ」
「嫌だわ〜、ちょっと図書館でイチャイチャするの、やめてくれる?」
その時、美弥(みや)ちゃんがにこにこと笑って歩み寄り、私達の後ろに立った。
美弥ちゃんが救いの神に見える……。
「嫌だなあ、立花さん。俺は可愛い佳乃をどっかの野獣に取られたくないから一生懸命周りにアピールしてるだけだよ?」
「あら〜、知らなかったわ。意外と焦ってるのね、狩野君」
「俺はいつでも必死に頑張ってるのに、佳乃がついて来てくれないんだよ〜」
……何故そこで泣く振りをする。
「俺はこんなにいつも佳乃に尽くしてるのにっ」
初耳だ。
コイツは尽くす、の意味を取り違えているんじゃないだろうか。
「大変ね、色々……」
「立花さん、分かってくれる?」
「分かるわよ〜。佳乃ちゃんが物凄く苦労してるってことは」
狩野君はガクッとして机に伏してしまった。
立花さんまで酷いっ、などと言ってるのを無視して、私は美弥ちゃんに言った。
「美弥ちゃん、夏休みは何処かに行くの?」
「姉が海外にいるから遊びに行くの」
「え? お姉さん、何処にいるの?」
「バンコク。姉のアパートにお世話になるから、居候代がわりに家事をやらなきゃいけないけど」
「いいなあ、身内にそういう人がいて」
その瞬間、狩野君はガバッと起き上がった。
「佳乃、旅行ならいいのっ?」
何だ、それは。
「旅行にしよう、旅行に!」
「行きませんっ」
「あら。狩野君、佳乃ちゃんと何処に行くの?」
「そうだなあ〜温泉とかいいなあ〜。佳乃と旅館に泊まって――」
「行かないって言ってるでしょっ!!」
まあまあ、佳乃ちゃん此処は図書館だから、と美弥ちゃんは私をなだめつつ、狩野君に言った。
「狩野君、佳乃ちゃんで遊ぶのは程々にしてね。大体、佳乃ちゃんが好きな所は調査済みなんでしょ?」
「――神社仏閣」
「分かってるじゃない。まずはそういう所に連れて行ってよね」
「だってさあ、そういう所行ったら佳乃は仏像とかに夢中になって俺のこと見てくれないもん」
アンタは子供か。
「それは確かに」
「でしょ〜? だから俺はさっきから遊園地とか海とかプールとか花火大会とか言ってるのに、佳乃ってば行かないの一点張りなんだもん」
「あらあら」
「俺はいっつも佳乃の行きたい所について行ってるのにっ」
別について来て欲しいなんて言った覚えはないけど。
「……ねえ、佳乃ちゃん、1日だけ狩野君に付き合ってあげたら? そうしたら暫く狩野君がこんなにダダをこねることはないかもよ?」
「えーっ」
「ほんの1日でいいんだから」
美弥ちゃんはにっこり笑った。
……1日、ねえ。




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