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「お前らなあ、感心してるばかりじゃなくて狩野を見習えよ。昨日の夜に急に思い出して手をつけるんじゃ遅いんだよ」
えーっ、そんなこと言ったって〜、などと周りは騒ぐ。
……数日前から手をつけていたって駄目なものは駄目よね。
私は自分のノートに赤い線を入れた。
いつもは弱い筆圧が、自然と強くなっていた。


その日の帰り。
……ああ悔しい。
自分の頭の足りなさに腹が立つ。
狩野君の頭の良さに腹が立つ。
私は脇目もふらずに歩いて行く。
自然と足は速くなる。
「佳乃」
狩野君が私に負けじと速歩きでついてくる。
「佳乃ってば! 何をそんなに怒ってるの?」
「別にっ」
「嘘だっ、絶対怒ってるだろっ」
「何でもないっ」
腹が立つ。
頼むから近寄らないで、今日は!
口を開けばやつあたりしそうだ。
分かってる。
どんなに努力したってかなわないって。
能力の差は絶対にあるって。
足りない頭に鞭打ったって駄目だって。
悔しい。
悔しい!
悔しい!!
唇を噛み締めて、駅に向かってまっしぐらに歩く。
この怒りは身勝手な怒り。
誰かにぶつける訳にはいかない。
自分でどうにかするしかない。
私は無言で改札を抜け、丁度来た電車に乗り込む。
狩野君もすぐ後ろからついて来る。
「……佳乃」
私が何も答えないでいると、後ろから溜息が聞こえてきた。
何でこいつと同じ電車に乗らなくちゃならないんだ? 私は。
こんな奴と。
煮えくりかえる怒りはおさまらぬまま、私は地元の駅に降りた。
狩野君もあとに続いて降りる。
「佳乃」
電車が後ろで動き出した瞬間、狩野君が私の腕を掴んだ。
「離してっ」
「……佳乃、ごめん」
「だから離してっ!」
次の瞬間。
私は物凄く強い力で腕を引かれて、狩野君に抱き締められていた。
「離して…っ」
必死に抵抗したが、腕力ではかなう筈もなく。
「佳乃……ごめん」
狩野君は私の耳元で囁いた。
「……俺が悪かった」
その途端、私の涙腺が緩んだ。
涙は後から後から溢れてくる。
怒りも極まると涙に変わるのかも知れない。
私は狩野君の腕の中で声もなく泣き続けた。
頭を撫でてくれる手を感じながら。


翌日。
狩野君は1限からだったが、私は1限が休講だったので久し振りに独りで登校した。
通勤ラッシュが過ぎた電車で呑気に座り、のんびりと学校まで歩いた。
2限にはまだ時間があったので、図書館で昨日の授業の宿題と予習をすることにした。
閲覧の為の席は授業中ということもあってガラガラだった。
適当な席に座って宿題を広げ始めたところで、ふと人の気配に気づいた。
顔を上げると、其処には。
「……か――雅明?!」
「おはよう」
狩野君はにっこり笑って私の隣に座った。
「授業じゃないの?」
「つまんないから途中で抜けて来た」
いいのか、それで?!
許されるのか、そんなことが?!
「佳乃のことだからきっと早めに学校に来て昨日の宿題やるんじゃないかと思ったから、俺も一緒にやろうと思って」
「……雅明は当日だって間に合うでしょ」
「だって独りでやるのつまんないもん」
……はあ?
授業そっちのけで何してるんですか、アナタは。
私は溜息をついて宿題をやり始めた。
「あ。其処、違う」
「え?」
「此処。……佳乃、よく見てやろうね〜」
「……」
「ちゃんと読まなきゃ。佳乃は素直だからこういうのすぐに引っかかるんだよな〜。そんなんじゃ、世の中渡って行けないよ?」
「……」
やっぱり、むかつく!
私が怒りを抑え、指摘されたところを直していると、狩野君は更に言葉を続けた。
「泣きたいんならいつでも胸は貸すからね〜」

ばしっ。
私は反射的にノートを狩野君の頭に振り下ろしていた。
「……うるさいっ!」
「嫌だなあ、そんな真っ赤になって照れなくってもいいのに〜」
「照れてないっ!」
「ほらあ〜、早くやらないとせっかくの空き時間が無駄になるよ〜?」
「……」
その通りだった。
私は仕方なく座り直して宿題を続けた。


結局。
その日の空き時間は昼休みも含め全て宿題に当てられ、私は狩野君にしごかれ続けたのだった。



(終わり)





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