1


朝の満員電車。
今朝も私の右手は狩野(かりの)君の左手にすっぽりおさまっている。
左手は吊革につかまって震動に耐える。
最初は恥ずかしくて仕方なかったが、もう慣れた。
知ってる人が近くにいたら嫌だけど。
でも、電車を降りるまではそんな心配はない。
去年までの私にはそんなことありえなかったけど。
――誰かと一緒に学校に行く、などということは。
それが今では日常なのだ。
不思議。


「おはよう、佳乃(よしの)ちゃん」
「おはよう」
「おはよう、立花さん」
美弥(みや)ちゃんとのやりとりも、もはや日常だ。
「佳乃ちゃん、宿題やった?」
「一応」
「後で見せて。ちょっと自信ないんだ」
「いいよ」
「俺もっ」
……何故そこで出て来る。
「丸写しする気でしょ」
「やってるよ、ちゃんと。確認したいだけだってば」
絶対、嘘だ。
「どのくらいやったの?」
「1行くらいっ」
……それはやったうちには入らないと思うけど。
頭痛がしてきた。
狩野君の頭には罪悪感というものがないのか。
「……自分でやって下さい」
「酷いっ。佳乃は俺が皆の前で恥をかいてもいい、という訳?」
「かきたいならかけばいいでしょ」
アナタが恥をかくなんてことは逆立ちしたってありません。
要領の良さは折り紙つきなんだから。
これが成績優秀、と先生の覚えもめでたいのだから、呆れる。間違いなく私よりも頭の出来はいい筈だ。
一度くらい痛い目見てもらおうじゃないの。
「ふうん。じゃあ、後で立花さんに見せてもらおうっと」
……あのねえ。
どうしてこうも手段を選ばないかなあ。
当の美弥ちゃんはにこにこ笑っている。
「私はいいけど……後で佳乃ちゃんに嫌な顔されるのは困るわ。悪いけど、他、当たってくれる?」
「えーっ。中村は聞いたら殴られそうだし、佐藤さんは多分やってないし、宮部は頼りにならないし……」
ちらり、と私の方を見て。
「佳乃ぉ〜」
「駄目」
「ええっ、佐藤さんには見せてるのにっ。何で俺はっ」
「授業中に内職すればいいじゃない」
アナタには出来ます。間違いなく。
「ふうん……いいもん、立花さんが見せてもらっている時に割り込むもん」
……。
また、このパターンか。
どうして皆、他人のノートに群がるんだ?
溜息をついて、私は鞄を肩にかけ直した。


昼休み。
最近、お昼を一緒に食べる人間が増えた。
美弥ちゃんと須美ちゃんと夏奈ちゃんは前から。
それに狩野君が私にひっついて来るようになり、狩野君につられて鈴木君と宮部君が来るようになり。
……宮部君は夏奈ちゃん目当てかも知れないけど。
何とも、賑やかなお昼となる。
「だってさあ、中村が……」
「言ってない」
「言ってたじゃん、昨日」
「言ってない。何でそんなこと言わなきゃならないの」
「嘘だ〜、絶対中村だっ」
「確か、鈴木君がいいって言ってなかったっけ?」
美弥ちゃんが須美ちゃんと狩野君の話に口を挟む。
「いや、俺は言ってないよ」
「鈴木君でもないってことは……」
美弥ちゃんの言葉に全員一斉に宮部君を見る。
「……何で、俺?」
「何で、じゃないよ」
「消去法でいくとお前だろ」
「俺、言ってないっ! 狩野が言ったんだろっ!」
「でも宮部君、適任よね〜」
夏奈ちゃんの一言に、宮部君はぐっと言葉がつまる。
夏奈ちゃんに片想い中の宮部君、夏奈ちゃんには弱いのだ。
やればいいんだろっやれば、と宮部君が言ったところで、問題は無事解決した。
しかし。
毎日こうもうるさいと、私はたまに独りになりたくなる。
図書館に逃げようかな。
そうは思うものの、狩野君にそれが許される筈もない。ついて来るに決まってる。
たまに隙をついて逃げることもあるが、最近それも難しくなってきた。
……私には自由というものがないのか?
悲しい。いつからこうなった。
「――佳乃。さっきのノート見せて」
……来た。
私がいなくならないように、ノートを人質にとろうという訳だ。
こっそり溜息をつきつつ、狩野君にノートを渡す。
……授業、ちゃんと聞いてたくせに。
それでも断れない自分が悲しい。
「佳乃のノートが一番頼りになるからね」
……こんな奴が先生の覚えもめでたい優等生って、世の中間違ってると思う。


問題の、予習が必要な授業。
今日も何人かが指名されて、黒板にそれぞれが答えを書いている。
狩野君もその中にいる。
結局、彼はほぼ私のノートを丸写しした状態でのぞんでいる。
いよいよ答え合わせの段になって、私はふと気がついた。
狩野君の書いたものが私のノートと違うことに。
……おかしい。
確かに此処は私のノートを写していた筈なのに。
「……ええと、次は狩野か」
先生は狩野君の答えを眺めて、言った。
「流石だなあ、狩野。完璧だよ」
教室中の視線が狩野君に集まる。
感嘆。尊敬。
そういった言葉が飛び交う。
先生は腰に手を当てて言った。



[ 9/28 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -