2

「一体どんな手を使ったんだろうね」
「さあねえ。神谷さん、腹黒そうだもんね」
「分かる分かる。狩野君、うっかり騙されたんじゃないの?」
笑い声。
私はその場から動けずにいた。


それからというもの、独りで学内を歩いていると冷たい視線が突き刺さるようになった。
気のせいかも知れない。
きっと、思いすごしだ。
そう自分に言い聞かせた。
友人の誰もいない選択授業になると、私の方をちらちら見ながらくすくす笑う人を見ることが多くなった。
授業の予習の為に図書館に行くと、私が探している本がないことが増えた。
何故なのか分からない。
自意識過剰なのかも知れない。
何をされたというのでもない。
ただ。
妙に居心地の悪さを感じることが増えたのだ。
……誰が悪意のある噂を流しているのだろう?
狩野君に好意を寄せていながら振られた矢口さんかその取り巻きか。
あるいはそれとは全く関係のない人なのか。
分からない。
分からないが、怖い。
具体的には何もないのだから、美弥ちゃん達にも言えないし、狩野君にだって同じだ。
何と言っていいのか分からない。
実際には何も起きていないのだから。
とにかく今は耐えるしかない。
人の噂は時間が経てば消える。
だから、今は。


「……そっか」
狩野君は言った。
そしてふわっと私の頭の上に手を置いて。
「言ってよ、佳乃。気のせいとか実害がないとかそういう問題じゃないよ。佳乃が嫌だと思ったらそれは立派な害なんだからさ」
頭を撫でる手も、優しい。
「……そうかな」
「そうだよ」
「自分は私が嫌がってもどこにでもついて来るくせに」
「だって変な虫つけたくないから」
狩野君はどうして私なんかの為にこんなに心配してくれるんだろう。
でも。
狩野君がいてくれて良かった。
いつも一緒にいてくれて良かった。
そう思った。
「……佳乃」
何、と言う声がかすれた。
狩野君が私の頬を撫でた。
「泣いてる」
え?
泣いてる?
私が?
慌ててハンカチを目元に当てると、ハンカチはしっかり濡れた。
「……ごめんなさい」
私はかすれた声で、そう言った。
しかし。
「たまには良いよなあ〜佳乃の泣き顔も」
「!」
私は顔がかあっと赤くなった。
「怒っててもその顔じゃ説得力ないよね」
「うるさいっ!」
狩野君はにっこり笑って言った。
「やっぱり、佳乃はこうでないと」
……うっかり情に流されるところだった。
腹黒いのは私じゃなくて狩野君だ。
教えてあげたい、本当に。
涙はあっと言う間に引っ込んでしまった。


数日後。
「おはよう、佳乃ちゃん」
「おはよう」
「おはよう、立花さん」
いつもの登校風景。
私と狩野君が歩いて行るところへ美弥ちゃんが合流する。
そこへ、夏奈ちゃんも加わった。
「佳乃ちゃん、1限の宿題――」
「だーめ。夏奈ちゃん、自分でやらなきゃ」
「ええっ、佳乃ちゃんが頼りなのにー」
「駄目ったら駄目」
私は駆け出した。
「佳乃ちゃん! 待ってよー!」
残されたのは。
「……佳乃ちゃん、元気になって良かった」
「それはもう」
「どうやってあの人達黙らせたの?」
「別に。宮部が面白い話を拾って来たから、それをちらつかせただけだよ」
「恐ろしいことするよね〜。狩野君を敵に回すようなことするなんて。佳乃ちゃんに何かしたら狩野君がどうなるかなんて、分かりそうなものなのに」
「嫌だなあ、立花さん。俺、普通に話しただけだよ」
「とにかく、暫くは平和ね。クラスで何かあるとすれば矢口さん達だもの。あの人達が騒がなければ何も起こらずに済むんだから」
「そうそう」
「あ、私も後で佳乃ちゃんに宿題見せてもらおうっと」
「俺も佳乃に見せてもらわなきゃ」
考えていることは皆同じ。
そんなことは露知らず、私は教室に駆け込んで、夏奈ちゃんと言い合っていた。
この後、私のノートを狙う人間達に周りを取り囲まれたのは言うまでもない。


(終わり)






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