1


盗られたくない。
誰にもこのひとを盗られたくない。
ずっと自分の側に置いておきたい。
誰にも触らせたりはしない。
誰にも傷つけさせたりはしない。
そして。
このひとにとっても自分が一番でいたい。
それが、たった一つの望み。
その為にはどんなことでもするだろう。
どんなことでも。


「佳乃(よしの)! 話、聞いてる?」
目の前で狩野(かりの)君がじーっと私の顔を見ている。
「き、聞いてますっ」
思わず敬語になってしまった。
「嘘つけ。また俺の話聞きながら他のこと考えてただろ」
…図星だけど。
でも、言わない方がいい…気がする。狩野君の目が怖い。
今日も地元のマックで珈琲1杯で粘っている私達である。
「じゃあ、今俺が何話してたか言ってみて」
それは言える。残念でした、狩野君。私だって完全に別の世界へトリップしてた訳じゃない。
「宮部(みやべ)君が夏奈(かな)ちゃんを好きで、でも夏奈ちゃんには今のところ高校の時からの彼氏がいるから無理だって話でしょ?」
「…何だ、聞いてたのか」
「聞いてるよ」
「で? 佳乃は俺の話を聞きながら何を考えてた訳?」
「な、何も考えてないよ。狩野君――じゃなかった、雅明(まさあき)の話聞くので精一杯で」
「怪しいな。佳乃の口数が多いのって嘘っぽいから」
「そんな、まさか」
ははは、と私は笑ってみせた。


私は小学校の高学年の頃から、人付き合いが苦手になった。
顔を合わせれば誰かの悪口。
出る杭は打たれる。
足の引っ張り合いなんて日常茶飯事。
私もいつどこで何を言われているか分からない。
だから、ひたすら目立たないように生きてきた。
いてもいなくても分からないように。
友達も選ぶ時は慎重に。
そうしてずっと生きてきたのに、ものの見事にぶち壊してくれた奴がいる。
――目の前にいる、こいつである。
容姿を見れば背も高いし二枚目だし、女の子にはもてるし、何も努力しなくてもある程度は出来てしまうという要領の良さを合わせ持つこの男が、何を思ったのか私に貼りつくようになったからである。
この男のせいで、すっかり私はクラスでも目立つようになってしまった。
もはや私はクラス公認の狩野雅明の彼女となり果てているのである。
……だから、私は彼女になった覚えはないんだってば!
友達の美弥(みや)ちゃんに言ったら笑われた。
『佳乃ちゃんがどう思ってたって、狩野君にとっては誰がどう見ても彼女だよ』
……そうらしいのである。
それはまあ毎日お茶してるし、学校一緒に行ってるし、顔合わせない日はないし、話してて楽しいし……。
「佳乃! 聞いてる?」
「は、はいっ!」
「……今、何考えてた?」
狩野君は身を乗り出した。
私と顔の位置を合わせる。
でも。
……近づき過ぎる! 心臓に悪い。
知らず知らずのうちに顔が赤くなる。
「……あの」
「何」
頼むから顔を引っ込めて、とは言えない。
「……ま、雅明、今日も格好いいなあって」
狩野君はにっこり笑って元の位置に戻った。
「それならいいんだけど」
……良かった。口からでまかせだったけど、追及は免れた。
「最近佳乃は口がうまくなったよね」
「そ、そうかな」
「隠すのがうまくなったよ。まだまだ甘いけど」
「……」
「で? 最近俺のいないところで何が起きてるの?」
「!?」
私はぎょっとした。
何で狩野君に分かったんだろう。
誰にも言っていないのに。美弥ちゃん達にさえ。
「言ったでしょ。俺は神谷(かみや)佳乃の研究してるって。最近の佳乃、変だから」
狩野君は笑顔を崩さない。
しかし。
そこはかとなく、怖いのだ。この笑顔が。
「何があったの、佳乃」
……話さない訳にはいかなくなった。


数日前。
選択授業に出ていた私は、いつものように講師の話を聞きながらノートをとっていたのだが、何やら周りで手紙が回っていることに気がついた。
手紙が回ること事態は別に珍しいことじゃない。
不審に思ったのは、私にはその手紙が回って来なかったことである。
私に回って来ないというだけなら別に不思議なことじゃない。ところが、私以外の学生には全員回っていたのである。
その時は変だなとは思ったが、それまでだった。
そして、次の必須授業。
いつものように私は美弥ちゃん達と一緒に座り、狩野君が私の後ろの席に貼りついていた。
この時も、手紙が回っていたが、何故か私の周りには回って来なかった。
そして、昼休み。
お昼を美弥ちゃん達と一緒に食べてから私は独り図書館へ向かった。
本棚を巡り本を探していると、何やら話声が聞こえてきた。
「……あれって本当? 矢口さんと狩野君が付き合っているところに神谷さんが割り込んだっていうやつ」
「そうらしいよ。だってあんなにあの二人お似合いだったじゃない? それをさあ……」




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