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駐輪場を出ると、そこには長身のそこそこ二枚目の同級生が立っていた。
「おはよう、佳乃(よしの)」
人の断りもなく勝手に下の名前を呼び捨てにする奴。
狩野雅明(かりの・まさあき)。
「…おはよう」
私の何を気に入ったのか、学校の行き帰りやお茶を一緒にすることを私に義務づけ、私が拒否しようとすると腕ずくでも連れて行く、何と言うか…うっとおしい奴である。
しかも。
「あ、狩野君――」
「雅明」
「ま、雅明、あのね…」
私にも下の名前で呼ぶよう強制する、やっぱり面倒くさい奴である。
何で私が抵抗出来ずに言われた通りにしているのか。
何だか分からないが、目の前にすると反抗する気力が失せるのである。全くもって謎である。
「何」
「手、離して」
「それは駄目」
「定期が取れない」
「俺が取る」
「……」
最近の狩野君と私のやりとりを見た友人は1人残らず爆笑する。
狩野君の友人の宮部(みやべ)君に到っては、私のいないところで私のことを「狩野の奥さん」呼ばわりしているらしい。
確かに、告白はされた。
付き合えとは言われた。
でも、私は承諾した覚えは…ないんだけど。
あの日以来、何だか私は振り回されっ放しだ。
どうして私の方から無理矢理にでもこの手を離そうとはしないんだろう。
何で鞄から定期を取り出させているんだろう。
それに。
この顔の赤みは…。
慣れない。
毎日のことなのに、慣れない。
こうして今朝も狩野君に手をひかれて歩いている。


狩野君が手を離すのは、いつも決まって学校の最寄駅に電車が到着した時だ。
手は離れるのだが、狩野君は私の隣から離れない。
「おはよ〜佳乃ちゃん」
改札のところで友人の美弥(みや)ちゃんが声をかけてきた。
「おは――」
「おはよう、立花さん」
…何でそこで割り込む。
「狩野君、1限の宿題やった?」
「一応ね。後で佳乃に見せて貰おうと思ってるけど」
「あ、私も見たい」
「俺、先ね」
「ひっど〜い」
「いいじゃん、どうせ立花さん、佳乃の席の隣でしょ?」
「狩野君だって佳乃ちゃんの席の後ろに座るつもりなんでしょ?」
「そりゃあね。この人、席が自由な授業は立花さんと佐藤さんと中村さんしか隣に座らせないから、俺は前か後ろか通路挟んだ隣しかないでしょ? 佳乃が良く見えて一番近いの後ろだもん」
「流石、狩野君」
「でしょ〜?」
何やら頭痛がしてきた。
狩野君は授業が違う時以外はほとんどこうして私の隣にいる。
お陰で、先日狩野君に告白して振られたという矢口さんやその取り巻きからの嫉妬の固まりの視線を感じること感じること。
私はいつ駅のホームから突き落とされてもおかしくない。
美弥ちゃんと狩野君の言葉は相変わらず私の前をぽんぽん横切っていた。


その日の放課後。
私は久し振りに地元の図書館に一人で来ていた。
日課と化している狩野君とのマックでのお茶の後、駐輪場で別れてから私は一人で駅前へと引き返したのである。
たまには一人で行動したい。
足取りも軽く、図書館の中をあちこち移動して行く。
文庫本を五冊ばかり借りたところで。
「何だ。佳乃も来てたんだ」
顔を上げると、そこにはさっきまで一緒にお茶を飲んでいた奴の姿があった。
「こんなことなら一緒に図書館に行けば良かったね」
にこにこと。
私の手を引っ張って行った。


怒られるかな。
手を引かれながら思った。
悪いことはしていない…筈だが、後ろめたさが付きまとう。
心なしか、狩野君の握る手も強い気がするし。
建物の外のベンチに狩野君が座り、私もつられて座る。
「佳乃、図書館行きたいなら行きたいって言ってよ」
狩野君が静かに言った。私は弁解を試みた。
「別れてから思いついたんだもの。その前に気がついたら言ってる」
「嘘」
狩野君は言った。
「言わないだろ。もし一緒にいた時に思いついたとしても」
「そんなことは…」
「立花さんと話している時に俺が割り込むと黙り込むよね」
「あれは…美弥ちゃんと話してるの邪魔したらいけないと思って」
「それも嘘」
…何故言い切る。
「顔に出てる」
「顔…?」
「さっきお茶してる時に気もそぞろって感じだった。佳乃の行動パターンからいって図書館しか思いつかなかった。だから来てみたらやっぱりいた」
…何なんだ、このカンの良さは?!
あんたはストーカーか?!という言葉を飲み込む。
「立花さんとの話に割り込む時も、不本意そうな顔するよね。それでいて、俺と立花さんとの話に加わることもしないし」
…入れないんだってば。
どう言ったらいいんだろう。
私は少し考えてから言った。
「美弥ちゃんと狩野君…じゃなかった、雅明との話に加わるのは大変なんだもの。だって私が入ったら私がいじられるでしょ」
それは嫌だし、と私は言った。
「雅明が割り込んで来るのも、私は止められない」
「何で」


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