留守宅の冒険
その日も私は気持ち良く眠っていた。
いつもの席。
陽が良く当たり、こたつに入ってぬくぬくと。
「……、……」
何か、聞こえる気がする。
「…ワトソン君!…起きたまえ!」
呼んでる…のかなあ、私を。
「起きろ、ワトソン!」
うるさいなあ。私は眠いのに。
「ワトソン!!」
揺り起こされて、私は渋々目を開けた。
「…何?」
「事件だ、ワトソン君っ!」
「だから何」
「これは緊急を要するんだぞ」
「私は眠いの…」
「何を寝惚けているんだ、ワトソン君! もうすぐモリアーティの部下のモーラン大佐が僕達を狙いに来る!」
「…あのさ」
私は目をこすりながら言った。
「守屋(もりや)さんとこの瀬羽(せば)ちゃんが遊びに来るんでしょ」
「何を言うんだワトソン君。セバスチャン・モーラン大佐と言えばにっくきモリアーティの片腕、ロンドンで二番目に危険な奴だ」
「…此処は日本だよ」
「モーランは空気銃の名手だ。僕達は何としてもあの危険な奴を追い詰めなくてはならない」
「瀬羽ちゃんが遊ぶのは水鉄砲でしょ?」
「当たってたまるか! 命に関わる!」
「それはまあ、寒い中、濡れたくはないけどね」
「だから今日は僕にそっくりなロウ人形を作って貰ったんだ」
「…陶器の置物の間違いでしょ」
「原型だけで数日を費やした代物なんだぞ」
「波乃(はの)ちゃんがホームセンターで買って来たんだよ」
「この像をカーテン越しにハドソンさんに動かして貰って僕の代わりに標的になって貰おうという寸法さ」
「波乃ちゃんはそんな面倒なことしないよ。買って其処に置いたままじゃない」
相方は私の言葉を無視して、こたつの上の金平糖を口に入れた。
更に、ぬるくなった紅茶の入っているマグカップにも口をつける。
「今のうちに栄養補給をしておかないとね、ワトソン君」
「…波乃ちゃんに怒られるよ」
私は溜め息をついた。
私は金平糖も紅茶も嫌いだ。
金平糖は砂糖の味しかしないし、紅茶は苦い。ミルクティーの紅茶抜きってないかしら。
ピンポ〜ン。
玄関のチャイムが鳴った。
「た、大変だ! 奴が来た!」
相方がびっくりして飛び上がり、ついでに部屋を走り回った。
ゴトン。
パラパラパラ。
「…あーあ」
マグカップは落ちて中身がこぼれているし、金平糖は辺り一面に散らばり、しかも足にぶつかったのかゴミ箱まで横になってしまっている。
「波乃ちゃん、怒るよ…」
私はぼそりと呟いたが、相方の耳には聞こえていなかった。
「ワトソン君、ピストルの準備は?!」
「ある訳ないでしょ、そんなもの!」
ガチャガチャ。
玄関の方から音が聞こえる。帰って来たんだ、波乃ちゃんが。
「うわあっ、モーラン大佐がっ!!」
「うわあっ、波乃ちゃんがっ!!」
『来たああああっ!!』
「きゃあああっ、何よこの散らかり様は!! ああっ、紅茶がこぼれてる!! 何でテーブルの上にあった筈の金平糖が部屋中に散らばってるの?! ああもうっ、京都でせっかく買って来たのに!!」
…だから言わんこっちゃない。
遊びに来た瀬羽ちゃんも部屋の惨状と波乃ちゃんの怒り様に呆気にとられてるし。
「ジョン! マリー! あんたたち、何で部屋の中で暴れるの!!」
私は暴れてないです。
暴れてたのは其処の馬鹿犬です。
「馬鹿って言うな! 猫のくせに!」
「馬鹿だから馬鹿って言ってんでしょ?! 金平糖が散らばったのも紅茶がこぼれたのもあんたが暴れたからでしょ?!」
大体、と私は言葉を続けた。
「あんたの名前はジョンでしょ? 何処がシャーロック・ホームズなのよ!」
そりゃあね、さっきまで《空家の冒険》の再放送見てたからかも知れないけど!
それにしたって影響され過ぎ!
「あんたたち!」
びくっ。
相方も私も恐る恐る波乃ちゃんの方を見た。
「外に出てなさい!!」
ご、ごめんなさいっ!
もうしません!
そして。
波乃ちゃんの情熱的な掃除が終わるまで、私達は寒い中、部屋に一歩も入れて貰えず震えていたのだった。
教訓。
ホームズごっこなど、素人はやってはいけない。
(終わり)
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