お目付け役は、いつも猫
茶碗に手を伸ばした途端、ふわあ、と欠伸が出た。
珍しく飲んだ為になかなかアルコールが抜けず、仕事をサボって陽が高くなるまで布団の中で鼾をかいて寝ていたのだが。
空腹に耐えかねた奴に引っ掻かれ、無理矢理起こされて台所に立つ羽目になったのだ。
三毛猫のぬいぐるみは遅めのごはんにがっついている。
……眠い。
今日はいくらでも眠れそうだ。
それにしても。
凄い飲み会だった、と思う。
大体、あの御方が主催する会だ。
お知らせが届いた時にまず思ったのは。
参加者は──ええと──不思議、そう、不思議な人ばかりが集まるに違いない。
しかも、お酒が其処に加わるとえらいことになるのでは……、と考えた私は期限ぎりぎりに欠席届を出そうと心に決めていた。
しかし。
いつものように、朝からにゃあ助が遊びに来たかと思うと、何処からともなくナナさんが現れて、言った。
「貴女は出席、です」
……何がですか?
すぐに飲み会の出欠と結びつかずに、そう聞き返してしまった私を誰が責められようか。
みーみーみー。
にゃあ。
家の中で猫モドキと本物の猫が何やら言い争っているのを尻目に、ナナさんは私の半纏の襟首を掴んでずるずると引き摺って行く。
「あ、あの、ちょっと待って下さいっ私はまだ参加するとは」
「参加、です」
「締め切りまだじゃないですか!」
「もう決まって、います」
「だって私はお酒は」
「飲めなくても参加、です」
さ、寒いっ!
半纏や浴衣の隙間に冷たい風が入り込む。
しかも素足に下駄だから!
ずるずる引き摺られて駅に行けば、其処には蒸気機関車が客車を連結して停車していた。
ナナさんに襟首を掴まれたまま客車に入って行くと、先程家にいた筈のにゃあ助が、身体よりも大きな荷物と共に待っていた。
……?
「着替えと土産、です」
え?
「きもの一式と丸子紅茶、です」
……紅茶??
「お宅のぬいぐるみがにゃあ助に持たせたみたい、です」
そうか、手土産か。
きものと羽織は、質のいいポリエステル。
きっと奴が教えたのだろう。
私は飲み会には木綿かウールしか着て行かないし、絹物なんてもってのほか、なのだが。
仮にも京都に行くのだから絹物でないと色々危ない、でも飲み食いに集中するには適さない。
だから。
絹物にしか見えないようなポリエステルを奴は選んだのだろう。
コートとマフラー、手袋、帽子に至るまで、奴の見立てに抜かりはなかった。
……でも、奴が来ないなんて珍しい。
「にゃあ助が説得したの、です」
にゃあ。
……土産必須か。
帰ったら物凄く不機嫌な様子で出迎えるに違いない。
私は溜息をついて、何故か設けられている更衣室にきもの一式を抱えて入って行った。
待ち合わせ場所には異常な程に早く着いたのだが、参加者は既に集まっていた。
要らぬ荷物はミケネコヤマトがタダで家に送ってくれたお陰で、私は小さな風呂敷包み1つで大人しく待っていた。
ただ、無意識のうちにキョロキョロと辺りを見回してみたり、ふらふら歩いたりしていたらしく、十分に挙動不審だったらしい。
見るに見かねた方々が話しかけて下さったりしているうちに、魔王様を交えた皆さんとお茶に行くことになった。
魔王様と言えば。
──そうだ、禁鞭。
同時に、いつかせしめたろ、という悪戯心がわいた。
まるで小学生のように手を挙げ、せんせー質問、とばかりに禁鞭の所持の有無を尋ねたところ、笑って見せてくれたのだが。
にゃあ。
足元にやって来た三毛猫にあっさり牽制された。
で。
飲めや歌えや脱げや踊れや塗れや笑えやの大騒ぎ。
猫と踊っていたらしいし、面白い歴史のお話も聞いた筈なのだが、途中から殆ど記憶がない。
──とにかく、凄かった。
ふらふらになった私は超特急のネコバスで家に送られた訳だが。
……禁鞭、かあ。
混沌の御方が見せてくれたのを思い浮かべて、傍らの猫モドキを見て溜息をついた。
三毛猫のぬいぐるみ。
大飯喰らいで、散歩に出ては様々な土産を他人様から強奪し、気にくわないと同居人(飼い主ではない)の私にまで噛みついたり引っ掻いたりする、困ったぬいぐるみ。
コイツにあの禁鞭をあてれば、少しは……。
にゃあ。
「うわあああっ!」
何でそんな所から出て来るんだっ!
驚愕のあまり固まってしまった私をよそに、遊びに来た三毛猫と我が家の三毛猫モドキは仲良く京都土産の出汁巻き玉子を食べている。
……ん? 出汁巻き?
「あー! それ私の朝御飯!」
叫んだ時には既に遅く。
猫どもは悪びれもせず、お前が遅いとばかりに鳴いた。
……あんたら、いずれメタボになるぞ。
お腹の中でそう思いながら。
私はぐいっとお茶を飲み干した。
(終わり)
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