三毛猫のぬいぐるみ
うちには猫がいる。
あんまり身体は大きくない。
水には弱い。
けれど、ごはんは三人前くらい食べるし。
遊んで欲しい時はしつこいくらいまとわりついて。
よく門限を破っては閉め出しをくらってうるさいくらい泣く。
みー!みー!みー!みー!
そんな三毛猫が、うちにいる。
三毛猫の、ぬいぐるみが。
イキモノ、ではない。
ぬいぐるみだ。
心臓の音はしないし、そんなにあったかくもない。
寝ている時は本当に魂が抜けたぬいぐるみになる。
毛並みはいいけど。
或る日、ゴミ捨て場で目が合って。
うちに連れ帰って以来、奴はうちに居ついている。
ぬいぐるみなのに、何で鳴くのか。
何で食べるのか。
何で動くのか。
何だかさっぱり分からないけれど。
最初は息がとまるくらいびっくりしたけど。
追い出すのも怖かったから。
だから。
奴は今でもうちにいる。
時々、奴は出かける。
ある時は、首に薩摩芋がどっさり入った風呂敷包みがくくりつけられ、尻尾が8本に増えて帰宅し。
またある時は、首に人型やら尻尾の形をした蝋燭が入った風呂敷包みがくくりつけられて、帰って来たこともあった。
何処に行ってきたのか。
未だに謎だ。
実はコイツにはあちこちに飼い主がいるんじゃないだろうか。
あまりに常識外れなぬいぐるみ。
そのせいで、私が少々ノイローゼ気味なのを察してくれた、混沌の世界を統べる或る方が、御自分の手元にいる猫を貸して下さった。
側近の黒髪の美女(ナナさんというそうだ)の腕に抱かれていたのは、本物の猫。
けれど、奴に対抗するのだから、勿論普通の猫ではない。
狩りに行けば、生首を持ち帰るような猫である。
この猫の前なら、奴も大人しくなるだろう。
そう思って内心ほくそ笑んでいたら。
にゃあ。
みー。
にゃあにゃあ。
みーみー。
にゃあにゃあにゃあ。
みーみーみー。
私にはよく分からない次元でコミュニケーションが成立している……気が。
片や、自分の身体の何倍も大きなものを、いとも簡単に倒せる猫。
片や、生きてる猫のぬいぐるみ。
『猫』という共通項はあるけれど。
何となく仲良しに見えるのは……気のせいだろうか。
そして、この2匹。
ごはんの時間になると、異様ににゃあにゃあみーみーうるさく鳴くのだった。
大人しくなるどころか。
台風が1つ増えた。
どっと疲れた。
数日後。
ナナさんと共に、何と混沌のお方御自身が、美味しそうな苺の洋菓子を手に、我が家にお見えになった。
珈琲が手元になかったので、紅茶をお出ししたのだが。
……ヤバい。何であの方がお土産持って来たんだ?
猫を借りた私の方が、お土産を持たせなきゃいけないんじゃないだろうか、この場合。
ビクビクしていたら、ナナさんが言った。
「にゃあ助を泊めてくれたお礼です」
いやあの、それは違うのでは、と……。
「にゃあ助が普通にお泊まり出来る家はなかなかありませんから」
……はあ。そういうものですか。
「普通は死人が出ます」
……。
怖かったのでその先は聞かなかった。
お2人と1匹が帰って行った後、何故か天井から屋根に突き抜けた穴と、玄関前の地割れに気がついた。
……。
お菓子はこの現象を見越したものかも知れない。
そう思った。
奴は呑気に家の中から青い空を見上げていた。
また奴との元の生活に戻った。
「だからあ、茉莉花(ジャスミン)の工芸茶なんだけど! 字が変換されないっていうか、携帯だと出て来ないの! 浜梨(ハマナス)の別名! ……違うって! マイカイ! マ・イ・カ・イ!」
電話口で叫んでいたら。
何を思ったのか、奴は何かをくわえて私の前に持って来た。
足元に置いたそれは。
──蝸牛(カタツムリ)、だった。
私は凍りついた。
でも。
ゴキブリよりはいいと思った。
そんな猫のぬいぐるみ。
眠るのはいつも座布団の上。
まあるくなって、静かに普通のぬいぐるみになる。
また朝になったら私は引っ掻かれて目を覚ますのだろう。
みー!みー!みー!みー!
食べることだけ三人前。
そんな三毛猫のぬいぐるみとの暮らしはきっとこれからも続く。
(終わり)
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