砂漠の水


「……っつー訳だからさー、気をつけてくれよー」
「はい、申し訳ありませんでした」
田宮は神妙な顔で頭を下げ、客を送り出した。
泣きそうな顔の新人バイトに大丈夫だからと言い聞かせ、後のフォローとレジはベテランのバイトに任せて裏に入る。
ずかずかと歩いて行った先は、ゴミ置場。
周りにスタッフがいないことを確認するやいなや、田宮は積み重なった空の段ボールを思い切り蹴飛ばした。
……あのクソオヤジっ!
お客様は神様だ、意見して下さるだけ有難いと思わなければならない、等と思っても、ムカつく時はムカつくのである。
けれど、何と言ってもメシのタネ。
どんな客にも笑顔で対応しなければならないし、勿論バイトに八つ当たりする訳にもいかない。
田宮は気持ちを落ち着かせるべく、休憩室の椅子に腰かけて煙草を取り出した。
会社では店の表も裏も禁煙にしようという話が出ているが、こんな時、絶対に無理だと思う。



「お疲れ様です!」
店長室兼休憩室のドアが勢いよく開き、入って来たのは他店の店長の中野だった。
春から店長になったばかりだが、ベテランのバイトにも一目おかれている程に仕事が出来、うまく店を纏めている。
学生時代はこの店で長いことバイトをしていた為、この店のことは店長の田宮以上によく知っている。
「悪いね、助かるよ」
中野は笑って更衣室に入って行った。
目下、店では風邪やインフルエンザが蔓延しており、バイトがバタバタと倒れ、シフトに穴が開いてしまっている。
中野はその為に応援に来たのである。
応援が彼なら安心である。
陰で何を言っているのか定かではないが、とりあえず表面的には、頼めば気持ちよく引き受けてくれるし、バイトからの信用も篤い。
上の覚えもよく、そのせいで、田宮は鳶(とんび)が鷹を生んだだの何だのと上司によくからかわれる。



田宮は煙草片手にパソコンを操作して天気予報の画面を眺めた。
……売れないな、今日は。
このところ売り上げが悪い。
人件費を削ればバイトに皺寄せがいき、希望する時間に殆ど入れないと分かるとフリーターに逃げられる。
更にラインに入っているバイト数名が病欠で穴があいており、スタッフもかなり疲弊している。
田宮自身、暫く休みがとれていない。
「田宮さん大丈夫ですか?」
更衣室から出て来た中野が近寄って来た。
「……何とかね。中野こそギリギリなんじゃないの?」
「俺は一応休めてますから平気です」
何となく、携帯からもネットに繋ぎ、天気を再度確認するが、悪くなるのは変わらない。
「寝れてます?」
「少しはね」
「また2時間くらいなんでしょう」
「まあね。でも仕方ないよ」
「ちょっと寝て来たらどうです」
中野は倉庫を指差した。
「店も今なら落ち着いてますし、俺いますからあと3時間くらい寝れますよ」
「……」
「段ボール蹴る音が微妙に弱かったです」
見られていたらしい。
田宮は苦笑いして煙草を消し、立ち上がった。
「悪い。頼むよ」
部屋を出ようとしたところで、ベテランのバイトが入れ違いにやって来た。
「あれ、店長寝るの?」
「中野に言われたよ」
そう返すと、彼女は笑った。
「店長、また段ボール蹴ったでしょ! 蹴ったら片付けて下さいね」
全くあんなの他のバイトに見せる訳にはいかないでしょ、と言うのにまた苦笑した。
長年いるバイトには自分のコンディションが手にとるように分かるらしい。
……かなわないな。
田宮は毛布代わりの上着を手に、ふらふらと倉庫に入り、隅に横になれるスペースを作って寝転がった。
疲れから、ものの数分であっさり意識がなくなった。

「店長っ! 起きて下さいっ! 店混んでますよっ!」
目を開けると其処には私服姿の学生バイトがいた。
シフトを見に来たらしい。
「休憩室に5時になったら店長起こせって書いてありました」
……あの2人の仕業か。
休憩室のテーブルの上にはそのメモと、「店長用」とデカデカと書かれたペーパータオルが載せられた氷水が置いてあった。
バイト上がりの社員とベテランバイトのやることに抜かりはないし、容赦もない。
田宮は一気に水を飲み干し、上着を置いて髪や制服の乱れを直しながら店に出て行った。
「いらっしゃいませ!」
眠気を吹き飛ばす為、無駄に大きな声を出しながら。






(終わり)








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