帰宅


カズヒロはフラットシートの上で大きく伸びをした。
今日もネットカフェ泊まり。
パソコンを操作して求人はないかと画面を見つめるが、この不況では見つかる訳もない。
合間に、息抜きのように別のサイトや掲示板を見て――もっぱらロム専門だが――、また溜息をついて求人情報に目を通す。



小さい頃に両親は離婚。
父親に引き取られたのだが、離婚後まもなく父親はカズヒロの前に女性を連れて来てこう言った。
「今日からこの人がお前のお母さんだよ」
納得など出来る筈はない。
父親に殴られようが教師にたしなめられようが、カズヒロはこの養母とは全く馴染めなかった。
高校卒業と同時に家を出て以来、ずっと家には帰っていないし連絡もとっていない。
職をなくし、ネットカフェを泊まり歩く生活になっても。



寝ようとしたところで、辛うじて契約を続けている携帯が鳴った。
たまに連絡をとっている友人からだった。
「お父さんが倒れたそうだ」
至急家に帰るように言われたのだが、帰る為の金がある訳ではない。
しかし。
「金なら俺出すよ」
だから一旦帰れ、と友人が言った。



翌日、カズヒロは高速バスに飛び乗った。
地元の駅は様変わりしていたが、更に路線バスに乗り換えてみれば、景色はあまり変わらっていないことに気がつく。
教えられた病院に直行すると、年老いた父親が眠っていた。
傍らで、同じくらい老いた養母が居眠りをしている。
暖かい陽射しが白い壁を照らす。
起こしましょうかと言う看護師を押し止め、カズヒロは看護師と共に部屋を出た。



ナースステーションで様子を聞くと、父親の病状はそれほど深刻ではなかったことが判明した。
また来ます、と言ってカズヒロは病院を辞し、その足で実家に向かう。
鍵は変わっておらず、すんなり室内に入れたので、自分の部屋に行ってみた。
部屋は、あの日のままだった。
懐かしさに机の引き出しを開けてみたが、何一つ変わってはいなかった。
――手紙が入っていたこと以外は。
父親の筆跡。
思わずその場で封を切り、中に目を通した。
其処には息子に対する思いと、自分の死んだ後の養母のことが心配だと書かれていた。
「どうして……」
思わず呟いた声は震えた。
父親と養母は籍が入っていなかった。
何故なら、養母が無戸籍子女だったから。
彼女の母親は、酒が入ると暴れる夫からずっと逃げ回っていて、離婚も出来ず、彼女を産んでも役所に届けが出せなかったらしい。
彼女の住処を、居場所を守って欲しいと、其処には切々と綴られていた。
自分の不甲斐なさから、カズヒロと彼女を不仲にしてしまったことは申し訳なかったけれど。
それでも――。



開け放したドアから、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
振り返ると、其処には病院で居眠りをしていた筈の人がいた。
泣き腫らした目をしたカズヒロを優しく見つめるのは、間違いなく母親の目だった。
ほんの少し目がうるんでいる。
「おかえり」
そう言って、彼女は微笑んだ。






(終わり)







[ 17/19 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -