向かい風


御礼を言われるのが好きだった。
いい人だとか優しいとか世話好きだとかしっかり者だとか、そう言われるのが好きだった。
「ありがとうございましたーっ!! お気をつけてお帰り下さいっ!!」
何でこんなことしてるんだろう。
「夜道、危ないですから、気をつけて下さいねっ!!」
黄色い声に送られて自転車置場へと急ぐ。
お金の為。
お金の為に働いて何が悪いの。
前のカゴにバッグを入れて、自転車にまたがる。
バスに乗る人、歩く人、自転車の人で店の前は大混雑だが、その間をすり抜けて帰宅する。
一刻も早く、この場を去りたかった。



先日、姪が深刻な顔をして訪ねて来た。
「お母さんがね、もう……困っちゃってね〜」
家に来るなり姪は溜息をついて、言った。
「変な業者に引っかかったみたいでさ〜、すっごく高い布団買わされちゃったのよ〜」
「訪問販売?」
お茶を勧めながら、尋ねる。
「違う違う。最近、よくあるでしょう。人を沢山集めて説明会ってやつ」
「……え?」
座りかけて、動きが止まる。
「タダで何か貰えるらしいって言われてさ、買い物帰りに入っちゃったんだって」
姪は目の前の煎餅をバリバリとかじりながら続けた。
「全くもう、50万よ50万。身体にいいとか何とか言いくるめられて。大体さ〜あんな所に入ったら買わずに出て来られる訳ないじゃない? みんないるから大丈夫だと思った、とか言うのよ〜お母さん。サクラに決まってんじゃない、ねえ?」
「……そう」
叔母さんからもお母さんに言ってやってよという言葉に、そうね、としか言えなかった。



自転車で夜道を急ぐ。
『お母さんも叔母さんみたいにしっかりしてたら良かったのに』
姪の言葉が蘇る。
こんな姿を見たら何と言うだろう。
似非善人。
下衆。
犯罪者。
そんな言葉が次々に浮かぶ。
でも、お金の為、生活の為。
例え身内が傷ついても。
向かい風を受けながら、街灯の殆どない真っ暗な道を突き進んで行く。
ペダルが重くなっても。
唇を噛み締め、仕方がないのだと呟きながら。






(終わり)







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