闇の中


彼はいつも、闇の中。


遮光カーテンを常に引き、灯りもつけずにひとりきり。
携帯はとっくに止まり、パソコンもネットに繋がっていない。

彼はいつも、闇の中。

閉ざされたドアの前で、美也子はいつも立ち尽くす。



あの日から拓也は部屋に閉じ籠るようになった。
ドアが開けられるのは、決まって家族が寝静まった夜。
自然の光も人工の光も浴びることはなく、いつも灯りをつけずに台所やトイレや風呂場を回り、部屋に戻って行く。
言葉を発することもなく、部屋からは何の音も聞こえない。



彼はいつも、闇の中。



居間の炬燵にもぐったまま美也子は眠ってしまい、気がつくと夜の2時を回っていた。
静まりかえった中、階上の部屋のドアが開く音がした。
美也子ははっとして身を強ばらせた。
すると。
階段の方から大きな音が聞こえた。
……え?
何事かと駆け寄り、灯りをつけると、階段の一番下で拓也がぺったりと座り込んでいた。
「……大丈夫?」
彼は無言で頷いて、立ち上がろうとしたのだが、また座り込んでしまった。



彼はいつも、闇の中。

彼の身体を蝕んで行く。



美也子はノックをして、白い部屋に入って行った。
全てが白で統一された部屋。
大きな窓からは陽の光が入って来る。
拓也は白いベッドで寝ていた。
光を長期間浴びなかった彼の骨は痩せ衰え、階段から落ちた時に折れてしまったのだ。
「あの部屋で何をしていたの」
美也子の問いかけに、彼は言った。
「何も」
「寝てたの?」
「寝てたり、起きて座ってたり」
「――そう」
会話は途切れ、美也子は窓の外を見る。
光を浴びても尚、彼は闇の中にいる。
どうしていいのか分からずに、美也子はいつも立ち尽くす。



そうして誰もが、闇の中。






(終わり)






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