悲愴


スーパーで買うものは決まっている。
賞味期限の近い食パンと、1リットルの紙パックの飲み物数本。
紙パックの中身は緑茶だったり烏龍茶だったり、夏場は麦茶だったりする。
冷蔵庫の中に飲み物がないと不安になる。
干からびてしまいそうで。



部屋の大半を占める、グランドピアノ。
家にいる時は大概ピアノにむかっている。
食事もピアノの椅子に座ったままとり、夜はピアノの下で眠る。
ピアノの他には積み重ねた楽譜とCD。
他に僅かな生活用品が入ったクローゼット。
常に薄暗い台所には冷蔵庫と捨てられずに放置してあるゴミ袋が幾つも転がっている。
冷蔵庫の中には食パンとペットボトルとジャム。
彼氏も友人も呼んだことのないこの部屋で、私はピアノを弾き、袋から出したパンをかじり、紙パックに直に口をつけて飲み物を飲み、日々を過ごす。
明けても暮れてもピアノ、ピアノ。
脳もすっかりピアノに侵されている。



ふとピアノの上の携帯が目に入った。
――青い、点滅。
手を伸ばして着信をチェックし、溜息をついた。
重い身体を引きずるようにして、冷蔵庫の前まで行き扉を開けると、封を切ったばかりの紙パックを開いてゴクゴクと飲んだ。
口に入り切らない烏龍茶が溢れて、顎をつたい、首筋へと流れて行く。
空になった紙パックは蓋を取ったゴミ箱に投げ入れた。
……また、買って来なくちゃ。
私は口をトレーナーの袖で拭うと、上着と財布と携帯をつかんで外に出た。



……寒い。
外はすっかり暗くなっている。
スーパーではなく、手前のコンビニに行き先を変更して、まっすぐ紙パックやプラスチックの飲み物のコーナーに向かう。
無造作に2本掴んでレジに持って行き、お金を払って店を出た。
数歩、歩いた所で。
「めぐ」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには友人がいた。
「メール、シカトすんなよ」
「だって面倒くさくてさー」
……誰が行くか。鍋パーティーなんて。
「相変わらず、すげー格好。学校だとちゃんとしてんのに」
「しょーがないっしょ」
近所に住む、同じ大学の、気の置けない友人。
――彼にとっては。
「まーたロクに食ってねーんだろ」
「明日学校で食うからいいんだよ」
「試験?」
「そう。アンタと違ってあたしは余裕がないの。じゃあね」
背を向けると、彼は言った。
「10時くらいまでやってるから、気が変わったら来いよ」
私は振り返らずに手だけを振って、歩き出した。


また引きずるように歩く。
……行ける訳ない。
彼女と仲良くしてる所なんか見られる筈もない。
涙まで出て来た。
何でコンビニに行ったんだろう。
部屋を出なければ会わずに済んだのに。
部屋に戻り、冷蔵庫に飲み物を放り込むとすぐに、ピアノに向かった。
泣きながら。
滅茶苦茶に弾いた。
テンポも曲想も崩れ、ミスタッチばかり増えて行く。
ついには全く弾けなくなり、拳を鍵盤に叩きつけた。
鍵盤の上に突っ伏して泣いた。
携帯の青い光が煩くて、電源を切って床に放った。



……でも。
誰が何処で何をしていようが。
私は、弾くしかない。
弾くしかないんだ。
私は袖で涙を拭うと、立ち上がって冷蔵庫を開けた。
紙パックを開けて、直にグビグビと飲み物を飲む。
冷蔵庫に紙パックを戻すと、椅子に座り直して楽譜を眺めた。
そして。
深呼吸をしてから両手を鍵盤の上に置く。
次の瞬間。
両の指が最初の和音を奏でた。






(終わり)







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