カレー番


「ただいま〜」
高広が帰宅すると、家は真っ暗だった。
珍しく家に母親がいない。
買い物かな、と思っていると、炬燵の上にメモがあるのに気づいた。
『職場の飲み会に行って来ます。適当に食べてね』
……またか。
こんな時、同居の家族は誰も頼りにならない。
父親は男子厨房に入らずという言葉を忠実に守って生きているし、同い年の弟に作らせたら危険な創作料理になるに決まっている。
外食が嫌なら自分が作るしかない。
母親もそれが分かっているから、飲み会は高広の帰宅が早い日を狙って行くのだ。
溜息をついて、とりあえず米をといで水と一緒に炊飯器に放り込む。
……カレーでいいや。
台所の隅にじゃがいもと玉ねぎ、人参、ニンニクがあるのを確認してメニューを決めると、今度はカレールーを探す。
10分ほど捜索し、発見したルーを流しの横に放置して、野菜と肉を片っ端から切り、鍋に入れて水を注ぎ、火にかけた。
「ただいま〜」
そこへ帰って来たのは人体に害を及ぼす料理が得意な双子の弟。
「あれ? オフクロさんは?」
「飲み会」
「またあ? ……タカ、またカレー?」
「じゃあ食うな」
「タカのカレーはレシピ通りで面白味がないんだよ。こう、ちょっと入れるものを変えれば……」
「蜜柑は入れるなよ」
弟の手の中のものをちらっと見て、高広は牽制する。
「何で」
弟の良広は人と味覚がズレている。
「入れるなら自分の皿に入れてくれ」
つまんねーの、と呟いて自室に戻って行く弟を見ながら、高広は思った。
弟の魔の手からカレーを守る為には、どんなことがあっても鍋の前から離れてはならない。
高広は椅子を引っ張って来て、コンロの前に居座ることにした。



30分後。
悪魔は段ボールを手に、またもや台所に姿を現した。
「何それ」
高広の問いに彼は或るヒーローの名前を挙げた。
段ボールの中にはヒーローの姿が印刷されたお菓子の小箱がぎっしりと並んでいる。
「お前、まさか付録の玩具目当てで箱買いしたのか?」
「だって期間限定だから」
「あのね……」
母親が見たら「捨てなさいっ!」と言われること間違いない。
この弟、料理も酷いが部屋も酷い。
昔飼っていた犬が部屋に入るのをためらう程の散らかりようで、本人も片付けるのを放棄している。
グッズを集めるのは好きだが、増えた分だけ捨てるということが出来ない。
「今度はどんなやつ?」
一応聞いてみると、彼は箱を開けて玩具を取り出し、得意気に説明を始めた。
説明は高広の頭には全く入らず、ひたすら右から左へ抜けて行ったが、玩具自体はロケットやらクルマやら、確かに心惹かれるものはある。
「はあ……この為に箱買いか」
だからと言って、食玩欲しさに大人買いとは。
高広には理解出来ない。
「いいだろっ」
だが、満面の笑みを浮かべる弟を前にすると、それもいいかと思えて来る。



父親も比較的早くに帰って来たので、珍しく男3人で夕食となった。
カレーをずっと見張っていた甲斐あって、カレーの味におかしなところはなく、父親と2人、ほっとしながら平らげた。
食後、高広が食器を洗っていると、良広がやって来て洗った食器を拭き始めた。
「珍しー。雪降るんじゃねーの」
「うるせーな」
彼は拭きながら棚にしまっていく。
ふと視線を感じて振り返ると、食卓でインスタントコーヒーと新聞を前にして微笑んでいる父親と目が合った。
何となく照れ臭くて洗い物に意識を戻す。
たまには流しも磨いておくか。
良広にはコンロの掃除をさせよう。
耳を赤くして、そんな計画を練りながら、高広は鍋をタワシでゴシゴシ擦り続けた。





(終わり)






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