ただ、会いたかっただけなのに。


一紘(かずひろ)は、窓という窓、ドアというドアを全て閉め切り、カーテンを引き、真っ暗な部屋の中で膝を抱えていた。
外にはカメラやマイクをを持った人間が山程待ち構えている。
部屋の電話はコンセントを引き抜き、パソコンもテレビもラジオも電化製品は全て電源を落とした。
――静かな、部屋。



自粛しろ、と言われていた。
今、ゴシップ記事になるような事態にはしたくない。
お前の身体はお前だけのものじゃない。
お前の名前が傷つくことによって、周りがみんな傷つく。
ずっと、じゃない。
ほんの少しの間我慢すれはいいだけだ。
それは相手の為でもあるのだ、と。
――でもそれは真っ赤な嘘だった。
糸はぷっつりと切られて、引き寄せた先には何も残っていなかった。

――血痕以外、何も。

頭は真っ白になった。
身体の震えは止まらなくなった。
プライドとかポーズとか、外側を覆って自分自身を保つものは全て剥がれ落ちた。
残ったものは。
会いたい、という気持ちだけだった。
会いたくてたまらなくて、どうしようもなくて。
――抑えられなかった。



「会いたかっただけなのに」
白い包帯を見て、一紘は呟く。
何故、まだ自分は此処にいるのだろう。
たった1つ、電源の入った小さな電子機器は、仕事関係者や友人や家族と言われている人達からの山のような着信を振動とランプによって知らせていた。
でも。
欲しいメッセージは1つもない。
もう、決して連絡が来ることはない。
分かっている。
分かっているのに。



一紘はふらふらと立ち上がった。
ドアを開けて玄関へ歩いて行く。
目指すは中庭に面したマンションの廊下。
此処は、5階。
ふらふらと玄関のドアに手をかけたところで。
「駄目ですよっ! 一紘さんっ!」
自分より少し歳上のスタッフに羽交い締めにされた。
「駄目ですっ!」
玄関の騒ぎに、別の部屋にいたスタッフも飛んで来て、一紘を抑えつけた。
「連絡が、来ないんだ……」
一紘はその場にずるずると座り込んだ。
「来ないんだ……」
不特定多数の人々を魅了する、一紘の大きな瞳から、とめどなく涙が流れた。



――風が、頬を撫でた。
青空の下、一紘は親しい人間に連れられて、この場所に来ていた。
山の中腹、景色の綺麗な場所に造られた、石の団地。
その一角。
花を生け、線香をあげ、手を合わせる知人の姿を、一紘は後ろからぼんやりと眺めていた。
この石の下に、想い人がいるなんて、一紘には到底思えなかった。
既にこの世の人ではないなどということは、全く理解出来ない。
石に刻まれた名前を見ても。
他人に説得されても。
携帯には相変わらずその人からの着信はなく、保護メールが増えることもない。
それでも、待たずにいられない。
包んでくれる暖かな腕はもうないのだと、そう言われても。
烏の声に、一紘は空を見上げた。
黒い塊が1つ、一紘の視界を横切って行った。

会いたいよ。
誰よりも貴方に、会いたいよ。

かすかな言葉は、風に吹かれて消えて行った。




(終わり)







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