電話


電話が鳴った。
その呼び出し音に、桜はまじまじと携帯の待ち受け画面を眺めた。
――中野先生。
福祉施設の職員だった頃の上司だ。
まだアドレス帳から消去していなかった自分に驚きつつ、桜は通話ボタンを押した。
「……はい」
「あ、中野ですけど……お久しぶりです」
「あ、お久しぶりです……」
「元気?」
「ええ、まあ……何とか。先生は相変わらず元気そうですね」
「元気元気。適当にやってるよ〜」
その勢いに、つい桜は笑ってしまう。
この上司はいつだってパワフルだ。
「今、何してるの?」
「何……というと、仕事ってことですか?」
「そう」
「学生時代にやってたアルバイトを週に2回、8時間だけやってますけど……。あとは家にいます」
「……そう。病状は?」
「安定してきてるみたいです。医者がそう言ってましたけど……何か?」
「いや、あのね、金曜日に来てる鈴木夏子さんがちょっとね……。サクちゃんが辞めてから、新しく入った職員に見て貰ってたんだけど色々あって、今、木村先生が見てるのね。でも様子見てるとちょっと不安なのよ、私が。だから、夏子さんが来てる金曜日の2時間だけ、ちょっと来て貰えないかと思って」
「はあ……」
「何なら1時間でもいいんだけど」
桜は鈴木夏子の顔を思い浮かべた。
知的障害を抱えた中学生で、養護学校に通っている。
彼女が事業所に通い始めた頃から桜が担当していたのだが、少々自閉傾向があるものの、特に問題があった覚えはない。
「夏子さん、何かあったんですか?」
「うーん、サクちゃんが辞めた後、何だか学校の担任の先生が変わっちゃってね、その先生とうまくいかなかったのよ。それで、今年はきっと先生変わるだろうと期待していたら、また担任がその先生だったんだって。もうお母さんはがっかりだし、夏子さんは荒れるし……っていう状態な訳よ、今」
「はあ……」
「夏子さん、あなたとは最初からうまくいっていたでしょう。だから、傍にいるのがあなたなら彼女も少しは安定するかと思って」
「私は構いませんけど……辞めた経緯が経緯ですし……」
「あ、お母さん承知してるから大丈夫。って言うか、お母さんが言ったのよ。サクちゃん先生がいたら……って」
上司は言葉を続けた。
「あなたの体調のこともあるから何とも言えなかったんだけど、もし来られるようなら来てくれると有難いんだけどね」
桜は自分のスケジュールを思い浮かべた。
アルバイトは月曜と水曜。
金曜日に事業所に行って疲れ果てても、土曜と日曜が休みだから回復するだろう。
「……分かりました。とりあえず、今度の金曜日に様子を見させて貰ってもいいですか?」
桜の言葉に、電話の向こうの上司がほっと息をついたような気がした。






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