戦い


そして、翌週。
金曜日がまたやって来た。
桜はやはり利用者が来る30分前に出勤した。
今日も念の為に安定剤を服用している。
桜が上履きを履きながら上司と他愛もない世間話に興じ始めた頃、山田が出勤して来た。
「あれ? 早いね、今日」
上司が声をかけると、山田が言った。
「何となく……」
すると、まもなく木村も出勤して来た。
「木村先生、どうしたの? まだ20分前よ?」
「どういう意味ですか、それは」
「だっていつも5分前とかじゃないの」
「たまには俺もまともに出勤することだってあります!」
上司はケラケラと笑った。
「嫌だわ〜、全く。サクちゃん効果って」
「何ですかそれは」
桜が聞き返すと、上司は言った。
「サクちゃんがまた来始めたもんだから、みんないきなり勤務態度が変わったのよ〜」
「そうですか?」
「サクちゃん人気者だから」
上司は腕組みをして、木村を睨みつけた。
「全く、私の言うことよりも、サクちゃんの顔色伺うってどういうことよ」
「いや、長谷川先生が来るからって訳では……」
木村はそう言ったのだが。
「何言ってんの。私は聞いたわよ。『長谷川先生が来るからギリギリはヤバい』って檜山先生と言ってたじゃないの」
「……私が来るからギリギリはヤバいって、どういうこと?」
桜も上司の言葉に乗っかってちらっと木村を見ると、彼は頭をかいた。
「いや……その……まあいいじゃないですか」
木村は、出迎えに行って来ます、と言って事務室を立ち去った。
「逃げたわね」
「逃げましたね」
上司と2人、腕組みをしていると、取り残された山田が困ったような顔をしたのが見えた。
「全く、どいつもこいつも、自分が正しいって思ってるんだから!」
「中野先生も、でしょう?」
「私は施設長です!」
「はいはい。じゃ、私も迎えに行って来ます」
「ちょっと、逃げる気?」
「障らぬ神に祟りなし、で〜す!」
桜は山田を連れて、笑いながら利用者を出迎えに行った。
「……いいんですか?」
山田の不安げな言葉に、桜はにっこり笑った。
「いいの、いいの!」



……またか。
音楽の時間。
大きな布を振る場面。
隣の夏子が立ち上がった。
後ろに行くつもりらしい。
「夏子さん」
桜はたまりかねて声をかけた。
「一緒にやろうよ、夏子さん」
前にいる山田の視線を感じたが、言わずにおれない。
夏子はその場にとどまっている。
そして。
振り返って、桜の顔を見た。
目が、合った。
……座って。夏子さん。
そんな思いを込めて、桜は夏子を見つめた。
……此処で、一緒にやろうよ。
あなたには出来るんだから。
逃げたら、駄目。
一度くらい、一緒にやろうよ。
やってみたら意外と面白いかも知れないよ。
――だから。
「夏子さん」
桜は夏子に笑いかけた。
力の抜けた、柔らかい、その微笑みで。


夏子は、静かに椅子に座った。





(終わり)






[ 5/5 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -