浜松駅



静かに本の頁をめくっていると、左肩が重くなった。
見ると、津久井が寄りかかっている。
押し戻そうとして――止めた。
彼は背も高いので足がシートからはみ出てしまい、よって足の方も少しずつ瑞紀のテリトリーを侵食しつつある。
……寝ているんだし、仕方ない。
瑞紀は自分の足が津久井に触れないように、そっと右に動かした。
もうすぐ、浜松。
浜松も停車時間が長いので、ホームをうろうろするつもりだったが、これでは無理かも知れない。


『……別れたあ?』
驚いて大声を上げると、順子にたしなめられた。
社会人になっても続いていた2人だったのだが。
『……だって気持ちが続かなくなっちゃったんだもん』
順子はアイスティーのストローを動かしながら言った。
『何かついていけなくって』
『はあ……』
更に驚いたのは、同じ会社ですぐに新しい彼氏が出来てしまったということ。
『今の彼氏はすっごく優しいの〜』
……じゃあ津久井君は優しくなかったのかっ!
思わず突っ込みそうになってしまったが。
話を聞いてみると、年上でまめな人のようだった。
何しろ独りでは買い物にも行けないタイプだから、世話をやいてくれる人がいいのかも知れない。
放っておかれるのが何よりも嫌いだから。
『そっか〜、いい人で良かったね』
瑞紀が言うと、順子は幸せそうな顔で頷いた。


列車は停まったが、津久井は眠ったままだ。
……重い。
それでも上半身は動かせず、瑞紀は音楽を聴きながら読書を続けた。
すると。
ふっと左肩が軽くなり、左耳からイヤフォンが抜かれた。
「……スキマスイッチか」
不意打ちは止めて欲しい。
そう思ったのだが。
「片方貸して」
瑞紀から取ったイヤフォンを耳に当て、また寄りかかる。
両方貸そうか?という瑞紀の言葉にも、
「片方でいい」
そう言って、目を閉じてしまった。
……何でこっちに寄りかかるんだ。
窓の方だっていいじゃないか。
イヤフォンは片方取られるし。
私はますます眠れないよ。
――腹の中で悪態をついたところで状況が変わる訳もなく。
列車は浜松駅を発車した。

――あと、5時間。







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