静岡駅



眠れないのは私だけか。
通路をはさんだ向こう側の乗客はシートを倒して良く眠っているし。
隣の津久井も窓にもたれるようにして寝ている。
列車の中は皓々と灯りがついてはいるが、深夜なので駅に止まってもアナウンスはない。
瑞紀は時刻表をめくり、携帯で時間を確認した。
……静岡か。
暫く停車する筈だ。
そっと立ち上がり、携帯だけジーンズの後ろポケットに入れて、列車の外に出た。
生ぬるい風。
それでも、車内より解放感があり。
何より、津久井の顔を見なくて済む。
瑞紀は何をするでもなく、ただホームを歩いた。


『瑞紀は映画も旅行も1人で行くんだもん。変だよね〜』
順子が津久井に寄りかかりながら言った。
『普通さあ、友達とか彼氏と行くでしょ〜?』
……アンタみたいにちゃんと相手がいたりとか、学校の行き帰りすら独りは嫌がるとか、とにかく単独行動する機会も度胸もない奴に言われたかないっ!
と、言いたかったのだが。
ラブラブな2人を前にして、瑞紀は辛うじて笑顔を作った。
そんな瑞紀をよそに、2人の会話は続いた。
『1人でどっか行くの?』
『そ〜だよ〜。鉄道マニアって言うの? 何かね〜よく電車に乗って遠くまで行ってるんだよ〜』
『マニア?』
マニアと言うには申し訳ないくらいの知識しかないし、経験もそれほどなかったのだが。
何も反論せず、ただ笑っていると、津久井が言った。
『俺もよく電車乗るけど。金がないから乗り放題の切符しか使わないけどさ』
『え?』
瑞紀は目を丸くした。
『津久井君、夜行とか、乗る?』
『大垣行きはよく乗るよ。今度初めて博多行きに乗るけど』
『いいなあ。新大阪から出るやつだよね? 私まだ九州は行ったことないから』
置いてきぼりにされた順子が嫌な顔をしたので、瑞紀は其処で話を終わりにしたのだが。
それからというもの、津久井は瑞紀と顔を合わせると、鉄道話をしたがった。
でも、瑞紀は。
順子が嫌がるし、何より自分自身が辛かったので、津久井を避けるようになった。


瑞紀が車内に戻って席に座ると、津久井が起きていた。
「外行ってたの?」
そう聞かれて頷いた。
「歩いて来た。眠れなくて」
「小野寺、夜行は眠れない人?」
「寝ていることが多いけど、今日は駄目みたい」
夕方まで仕事をしていたから疲れている筈なのに。
「……このままいったら、昼間は爆睡かも」
「気がついたら乗り換え、ってことになるんじゃないの?」
「多分」
溜息をつく。
でも、眠る努力はしたい。
再びイヤフォンをつけて、本を開く。
津久井もまた目を閉じ。
電車が静かに走り出した。

――あと、6時間半。




[ 3/10 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -