米原駅



上着の袖で涙をおさえる。
……信じらんない。
瑞紀は思う。
他人の言葉に動揺することも。
人前で泣くことも。
しかも、旅先で。
よりにもよって、想いを寄せていた男の前で。
恥ずかしいこと極まりないが、頭の中はそれどころではない。
必死に上ずった感情を静めていると、そっと隣に寄りかからせる腕がある。
……あったかい。
瑞紀は動かなかった。
津久井も腕を回しただけで、何も言わない。
他の女に想いを寄せていながら平然と彼女と付き合っていた、酷い男。
流されてはいけない。
分かっているのに、動けない。
……少しだけ。あと、もう少しだけ。
瑞紀は目を閉じた。


電車が米原に到着すると、新快速に乗り換える乗客達は次々とホームに降りて行く。
「……乗り換えないの?」
津久井が尋ねる。
「そっちは?」
瑞紀が逆に問いかけると、津久井は言った。
「俺は別に。間に合うから」
「……そう」
瑞紀が呟くと、津久井はそっと腕を離した。
足元の鞄から時刻表を取り出して、該当する頁を眺める。
「……間に合うな」
小声で言い、また鞄にしまってから、瑞紀の肩を抱き直す。
「これに乗ったままでも京都に9時前に着く。山陰本線への乗り換えは10分弱あるから」
「うん」
袖で顔を隠したまま、瑞紀は頷いた。
新快速に乗らない分。
京都に遅く着く分。
予定よりも10分くらい長く、こうしていられる。
津久井の肩に身体を預けて、瑞紀は思った。
列車の扉は閉まり、静かに動き出した。

――あと、1時間16分。





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